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誰もいない、1年生の教室が並ぶ廊下。そんな場所で俺と園王寺さんの足音だけが響く。
「ここにしましょうか」
そう言って園王寺さんは自分のクラスの教室に入る。俺もそれに続く。
「園王寺さんも栞奈から何か聞いたのか?」
扉を閉めてから、本題の一つを問う。二人は接点がないと言っていたが、園王寺さんは休日に学校にいるということは……と考えたのだが。
「いえ、わたくしは何も聞いておりませんよ。自分の意志で、ここまで来ました」
栞奈は今回は無関係。それなのに、園王寺さんはここにいる。
「……こうなることが分かってたのか?」
「ある程度は。わたくし、不思議と昔から勘が鋭いんです。それこそ、未来が分かると言われてもおかしくないくらいに」
……そういえば、昨日も俺の周りで変化が起こるという話をされた。そして、実際に環境は変わっている。
「幼少期から、名家の娘として様々なことを見聞きしてきました。そのおかげなのかどうかは分かりませんが、何となく"次はこうなるんじゃないか"ってピンと来ることがあるんですよ」
未来予知とも取れる勘。にわかには信じがたいが、すでにその勘は二回も俺の目の前で当たっている。
そして勘を頼りにここまで来たということは。
「園王寺さんも、俺に用があるってことだよな」
「はい、もちろんです」
もう、分からないわけがない。
「思えば、桜花さんとお会いしてそろそろ一年というところでしょうか」
園王寺さんは近くの椅子に座る。お嬢様らしく、恭しく。
「桜花さんは覚えていらっしゃいますか? 初めてお会いした日のこと」
「ああ。ファミレスで偶然会ったよな」
「そうです、わたくしが不意にカトラリーを落としてしまって、それを拾ってくれたのが始まりですね」
庶民派お嬢様に初めて出会ったのはこれまた庶民的なファミレス。そこで園王寺さんがスプーンとフォークを落としてしまった時、偶然俺が近くにいて、それを拾った。
「それから何回か同じお店で会って、話すようになったわけだけど……まさか高校まで一緒になるとは思わなかった」
今年の四月。入学式と始業式があったその日に園王寺さんは俺のクラスにまでやってきた。あの時はそんな偶然があるんだなと思っていたが、今になって思えばそれが勘違いだったのかもしれない。
「わたくしが本来親から行くように言われていた学校は、名家が集まるようなそういうところでした。ただ、桜花さんがこの高校に在籍していることを知って、こちらに変更しました。ここの高校、結構偏差値が高いので親の説得にはあまり苦労しませんでしたが」
クスクスと笑いながら昔を思い出す園王寺さん。やっぱり、同じ高校になったのは偶然ではなかった。
「……もう、大体は察しが付くと思いますが、わたくしは桜花さんを追ってこの高校に来ました。それが意味するもの、お分かりですよね?」
それが分からないほど馬鹿ではない。俺は静かにうなずく。
園王寺さんは立ち上がってから一瞬目を閉じ、一呼吸置く。そしてじっとこちらを見つめたまま、口を開く。
「わたくしも、皆さんと一緒で桜花さんのことが好きです。桜花さんと話している時は、安心して等身大の自分でいられる。だから、ずっと一緒にいたいと思うようになりました」
迷いのない、こちらを見つめる瞳。これが冷やかしでもなんでもないことはすぐに分かる。
「……とりあえずありがとう、かな」
告白を受ける側の最低限の礼儀。ただ、それしかできない。
「他の皆さんも同じことをおっしゃっていると思いますが、わたくしはすぐに返事がほしいわけではありません。ただ、この気持ちを伝えたかっただけですので」
驚くほど、園王寺さんの勘は本当にすべて当たっている。確かに誰も返事をもらおうとはしなかった。
「勘で未来が分かるってことは、俺がどうやってみんなに返事するのかも分かるのか?」
だからこそ、こんな質問をしてしまった。
「いえ、そこまで明確には分かりませんよ。わたくしの勘は冴えてる時とそうでない時の差が激しいですから。今のところ、そこまでピンと来てはいないですね」
「……なるほど」
こう聞くと、俺の恋愛感情を読む力と近いものがあるのかもしれない。これも勘の一つということか。
それにしても、この力はいざという時に全く駄目だ。誰の感情も読み取れなかった。
「……本当に俺は、駄目な奴だな」
ぽつりと、そんな言葉を漏らしてしまう。
「桜花さん。わたくしは桜花さんがどんな選択をしようと、責めることは絶対にしません。それだけは、分かっておいてください」
「……ああ、ありがとう」
その言葉に、覇気はなかったかもしれない。
「それでは、わたくしはこれで失礼します」
深々と一礼し、教室を出ようとする園王寺さん。
「……その、桜花さん」
だが、扉を開ける前にこちらに振り返り、呼びかけられる。
「わたくしのこと、好きですか?」
「え?」
返事は要らない。そう言われたはずなのに、そんな質問をされてしまった。
「あ、いえ。別に返事をいただきたいわけではないんです。ただ、人として、友人として、わたくしという人間が好きかどうか、お聞きしたくて」
少ししどろもどろになりながら説明される。まあでも、そういうことなら答えは一つだ。
「もちろん園王寺さんという人間は好きだぞ。じゃないと、こんなに話したりしてないだろ」
告白の返事とは違うが、それでもそういう返事をしているように見える。ちょっと気恥ずかしい。
そんな中で園王寺さんは、今日一番の笑顔を見せた。
「それが聞ければ、わたくしは十分です。桜花さん、わたくしと出会ってくださって、本当にありがとうございました」
また深く一礼して、教室を出ていく。
「……本当は、全部分かってたりするのかもしれないな」
誰もいなくなった部屋で、独り言を響かせる。ここまで、心の内は秘めていたつもりだったんだが、実際にみんなにはどう見えていたんだろう。
「多分これは、最悪の選択なんだろうな」
恋愛シミュレーションゲームで言えば、まぎれもないバッドエンドルート。なぜかそこに向かうのが、自分の中で最善だと思えてきてしまった。
「……みんなありがとう」
みんなに、この声が届きますように。虚空に願いを打ち明けて、俺も教室を出て帰路につき始めた。
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