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恋人になること。それは、お互いを幸せにする権利を得ること。
じゃあ、今の自分にそんな権利を得る権利はあるのだろうか? こんな、何も気づいてやれなかった自分に。
栞奈から告白される前に、何か気づいていれば良かったのかもしれない。
血のつながりはなくても、兄として慕ってもらえる努力をしよう。そう考えてやってきたことが、こんなことにつながった。
来夏の気持ちに、昔から向き合っていれば何も起こらなかったのかもしれない。
幼馴染として、ずっと昔からいた。この力について相談するほどに信頼していて、仲も良かった。それでも、気づいてやれなかった。一番、そばにいてくれた人なのに。
会長にあの時、声をかけていなかったら何か変わったのかもしれない。
たった一言が、会長の恋に火をつけた。ありがたくもあり、申し訳なくもなった。こんな自分を好きでいてくれることが、申し訳なくなった。
園王寺さんにどこかで、相談できたら安心していたかもしれない。
次を見通す不思議な勘を持つ彼女に、もし当初から何か相談できていれば。未来は変えられたのだろうか。誰か一人を、決められていたのだろうか。
みんな、返事をすぐに必要とはしなかった。それは恐らく、他の三人も告白することを分かっていたから。そして俺が、誰を選ぶか考える時間を作るために、返事を待った。
「……誰かを選ぶとか、できるわけないだろ」
帰り道で、そんな本音が漏れてしまう。園王寺さんが言ってくれたように、どんな選択をしても責める人なんていないと思う。それほど四人のことは信頼している。
でもそれは、表面上のこと。誰かを選べば、他の三人は心の底では悲しみに暮れる。そんなことをさせてしまう自分が許せなくなる。
だから俺は、最悪の選択をする。
「……ここだ」
着いたのは、とある雑居ビル。こんな田舎にしては高いビルだが、中は大して何も入っていない。だが、ここの屋上が解放されていることは知っている。
誰もいないビルの中に入り、エレベーターで最上階まで向かう。もう一つ階段で階上に行くと、屋上に出る扉に差し掛かる。
「昔と一緒だな、ここも」
扉を開けた先にあるのは、小さな鳥居と賽銭箱。なぜこんなところにあるかはよく知らないが、屋上にある小さな神社として地元ではよく知られている場所だ。
柵の先にある賽銭箱に小銭を投げ入れる。昔、来夏と互いの母親の四人で来た時も、みんなでお賽銭入れたっけ。
栞奈にも教えてあげれば良かったかな。いや、栞奈だけじゃなくて会長や園王寺さんにも、何かの願掛けで紹介しても良かったかな。
今のこの気持ちは後悔だろうか。それとも自責か。四人への感謝と罪悪感は、何があっても拭いきれないものとなって胸の内を貫いていく。
みんなの言葉が、思い起こされていく。心を貫いていく。
「ごめん、みんな」
これは"逃げ"だ。卑怯者だと自分でも分かっている。それでも、この選択をせざるを得なかった。
だからせめて、神様にその謝罪を。
「次は、全員を幸せにできるような、そんな存在になれますように。だから今は……ごめんなさい」
小さな鳥居と賽銭箱に向かって呟く。そして、落下防止のために設置してある柵側へ。
それによじ登って、柵を越える。
不思議と、怖くはない。怖さよりも、罪悪感の方が強かった。
誰も決められないなら、誰も選べないなら、誰も幸せにできないなら。
先にこの身を、捨ててしまおう。
ふわりと、体が宙に浮く。
空気抵抗で髪がなびく。目が開けられない。
時間の感覚が分からない。
もうこれで――終わる。
その瞬間だった。
「――――――――――――――――」
すべてが、静まり返ったかのように何も聞こえない。
体の感覚が、何一つない。ふわふわ浮かんでいるような感じもある。
そうか、これが死んだということ――。
「…………え?」
目を開けたその光景は、まるで不思議なもの。
何もかもが止まっている。人も車も雲も動かない。風も吹かない。太陽の熱も感じない。
いや、それ以上に不思議なことは。
「本当に浮いてる……?」
自分の体が、地面と衝突する寸前で浮いたままになっている。そのまま地面へと着地するが、衝撃などは何もない。ふわりと、地面へと下ろされたような感覚。
「いやぁ、間に合って良かったです」
「…………!?」
この静寂な空間で、どこからともなく響く幼い男の声。
「神様が神様に拝んで飛び降りるとか、なかなか面白いことをするものですね」
路地裏から聞こえる足音。そちらの方向を振り向く。
「……誰だ?」
そこにいたのは、小学生くらいの二人の男女。男子の方は頭の後ろに手をやり、へらへらと笑っている。一方の女子はクマのぬいぐるみを大事そうに抱えたまま俯いている。
「はじめまして、桜花卯月さん……いえ、この言い方は正しくないですね」
頭の整理が追いつかないまま、男子は言葉を続ける。
「はじめまして、恋神様。やっと見つけることができました」
謎の二人は、俺に向かって頭を下げる。
「……恋神様?」
これが、終わろうとしていた俺の、始まりの物語。
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