Prologue.02

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 人生、何があるか分からないものだ。  ふとしたきっかけで出会った二人が、結婚までしてしまうように。たった一冊の本が、その人の将来を変えてしまうように。  終わらせようとした命が、不思議な力で救われてしまうことだってある。 「まさか飛び降り自殺を図るとは思いませんでしたよ。間に合って良かったです」  ずっと周りは時が止まったかのように何も動かない。動いているのは、俺と謎の二人組だけ。 「分かってます。急にこんなことになって、パニックにならない方がおかしいです。順を追って説明しますよ。とりあえず、色々言いたいことがあるのは重々承知してますが、一旦飲み込んでください」 「……分かった」  どうやら、二人とも悪い奴ではないらしい。女の子の方は相変わらず何もしゃべらないが。 「まずはあなたを助けた理由ですが、それは卯月さんが普通の人間ではないからです」 「……はい?」  あまりに突拍子のない発言すぎて、なんか変な声が出てしまった。 「さっきも少しお呼びしましたが、あなたは神様なんですよ。恋をつかさどる神様、〈恋神(コイガミ)〉です。なので、本来恋愛に関することなら何でも操れます。心当たりありませんか?」 「そんなのあるわけが……」  心当たりなんて言われても。そう思ったが、一つ思い出すものがあった。 「恋心を読み取る力……」  操れるわけではないが、能力の話なら心当たりはあった。 「そうです。申し訳ありませんが、ここ何週間かあなたの様子を見させていただいていました。そして恋神の自覚がなくても、一部の力は使えていることが分かりました」 「いや、あの、ちょっと待ってくれ。すでに何が何だか分かってはいないんだが、自覚ってどういうことだ? そもそも、俺が神様ならなんでこんなところにいるんだよ。今まで普通に人間として過ごしてきたのに」  謎の現象で飛び降りを救ってくれたのは間違いなくこの二人だろう。そういう意味では、この奇天烈な話も理解しようという気になるが、やっぱり疑問しか残らない。 「当然の疑問です。いいですか、人々は神様というものを信仰していたりしていなかったり色々ですが、結論から言えば神様はいます。死ぬほどいます」 「死ぬほどって……」  アイドルか。訳が分からなさすぎてよく分からないツッコミが頭に思い浮かんでしまった。 「そもそも人間の言う神様というのは、一人で何でも行う全知全能の神を指すことが多いです。そういう神がいるのは確かですが、その下に、大量の神様がいるんです」 「下?」 「簡単に言えば部下というところでしょうか。全知全能の神の下に、それぞれ森羅万象に対して一つずつつかさどる神がいる。その一つが恋神……卯月さんということです」 「ということは……二人も?」  それぞれにつかさどる神がいる。ということは、二人も神様で、そういう力があるということだろうか。  男の子は歯を見せて笑う。 「ご明察です。申し遅れましたが、僕は時をつかさどる神、〈時神(トキガミ)〉です。普段の生活では有時(ありとき)和真(かずま)と名乗っています」 「普段の生活……ってことは、神様なのに普通の生活してるのか?」 「はい。基本的にそれぞれ神様は人間社会に溶け込んで生活をしています。普段は僕らもただの中学一年生ですよ」  小学生かと思っていたが、どうやら違ったらしい。 「で、もちろんこっちも神様です」  有時は横の女の子を指さす。するとぬいぐるみを更に力強く抱きしめつつ、口を開く。 「……力をつかさどる神、〈力神(リキガミ)〉……いつもは城力(じょうりき)日和(ひより)」  けだるげに喋って、そしてまた俯く。 「いつもこんな感じであまりしゃべらないので、許してやってください。日和は持っている力が強すぎて制御が難しいので、こうやって普段は抑えてるんですよ」 「力……俺を助けたのも、その神様の力で?」 「そうです。騒ぎにならないよう僕が三人以外の時間経過を止めて、その間に日和に卯月さんにかかる重力を操作してもらいました」  なかなか聞かないワードが次々に並べられてしまう。が、実際に起こった話なので信じるしかない。 「説明を続けましょうか。何かをつかさどるそれぞれの神も人間と一緒で、いつかは命に終わりを迎えます。そうすると、次の神がまた生まれる。その神は、全知全能の神から啓示を受けて、人間の赤ちゃんとしてこの世に生まれてきます」 「神様なのに人間なんだな」 「この世界は人間中心に設計されてますから、何かをするにしても人間の姿なのが一番良かったんだと思います。そしてもし世界に大きな不都合が起きたら、その力で修正を加える。まあ、正直言ってそんな不都合は基本起こりません。僕らはもしものための監視人みたいなものです」  全知全能の神による、もしものために作った神様ということか。 「今までの話を受け入れるとすれば、俺もその神様の一人ってことだろ? さっきの啓示とやらに何も覚えがないんだが」 「そうなんですよ。それが今回卯月さんに接触した理由です。卯月さんは何らかのバグのようなものが起こって、恋神として啓示を受けないまま、神としてこの世に生まれてしまったんです」 「……全知全能の神が、そんなこと起こすのか?」 「まあ、うっかりみたいなものだと思ってください」 「全知全能なのに!?」  そんな軽いミスみたいなノリで済ませていいのか。 「卯月さんは啓示を受けないまま恋神として生まれてしまったがために、もともと持っているはずの力が発揮できていないんです。しかも、その中途半端な力のせいで精神的にも追い込まれてしまった。自分が神だと自覚していれば、そんな飛び降りもすることはなかったでしょう」 「…………」  なんか、客観的に言われると恥ずかしくなってきた。 「もし今卯月さんが亡くなってしまえば、恋神が不在になります」 「神様が作り直したりはしないのか?」 「神様が世界を見守るという使命を投げ出して自殺するなんて、誰も思いませんよ。というか、啓示を受けていれば絶対にそんなことにはなりません。全知全能の神様も、それを見越してしか作り直しはしていません」  つまり、寿命が来た時のみ次の神を生んでいるということか。 「それで、その神様から新しい指令として恋神を探せと言われていたんです。全国各地で調査した結果、僕と日和が住むこの街に手がかりがあると分かり、そして今に至ります」 「なんか、迷惑かけたな……」  自分のせいじゃないとはいえ、なんか申し訳なくなってしまった。 「……周りから優しいといつも言われているのは、こういうことをすぐ言うからなんでしょうね」  嘆息しながら有時が言うと、隣で力城さんもうなずいていた。なぜここぞとばかりに反応するんだ。 「でも、これで俺が恋神だと分かったのはいいが、何か他に必要なことはあるのか? 正直、俺は死んでしまおうと思ったわけだし……」  今でこそこんなことに巻き込まれてしまい、それどころじゃなくなっているが、もともと精神は相当追い込まれていた。 「何かするにしても、あの四人のことはどうにかしないと……」 「卯月さん、それです」 「え?」  小さい呟きに、有時が大きな反応を見せる。 「卯月さんが恋神として何かする必要性について。それは恋神として自覚し、恋神の能力を不足なく使えるようにすることです」 「それは……確かに必要だな」  神様のうっかりをなぜ俺が尻ぬぐいしなければならないのかと言いたい気持ちもあるが、まあそんなことを言っていても仕方がない。 「卯月さんは恋神ですから、いわば恋愛マスターにならなければいけないわけです。そのためには、まずはあの四人の告白を受け入れるところからです」 「……なる、ほど?」 「もちろん僕らがこのことに口出しすることはありません。誰か一人を選ぼうが、全員を選ぼうが、誰も選ばまいが、それは卯月さんの自由です」  勝手に話が進んでしまっている。 「恋を知り、恋神と自覚するために、あの四人の告白を受け止める必要があります。こんなことで精神が追い込まれていては恋愛マスター失格です」 「いや、恋愛マスターになる気はないんだが……」 「それは比喩的表現です。恋愛で心を押しつぶされるなんて、恋神としてあってはならないことですよ」 「それはごもっともだけど……」  恋神として自覚がないからだと思うが、他人のせいで起こられている感覚でしかない。 「ただし……もちろん、このことに卯月さんの落ち度はありません。今言われていることが理不尽だと感じるのは当たり前です。なので、もしも恋神として生きることを拒否するなら、それも神様は許してくれるでしょう」  ここまで来て、そんな話をする有時。彼の言う通り、俺がこれを拒んだって責めるような人はいないだろう。悪いのはうっかりを起こした側なのだから。  ……それでも、命を救われて、そんな話を聞いて。少し考え方が変わったかもしれない。 「……恋神として自覚できるように、みんなに向き合おうと思う」  せっかく救ってくれた命。そして自分に眠る能力と使命。どうせなら、やれるところまでやってみようと思った。 「そう言ってくれると信じてましたよ。よろしくお願いします、卯月さん」 「……よろしく、卯月さん」  二人の声は、俺を歓迎するかのようだった。 「こちらこそよろしく頼む。有時、力城さん」 「和真でいいですよ。日和も下の名前でいいよね?」 「うん……わたしも卯月さんって呼んだし……」 「そうか。じゃあ……和真にも日和にも色々迷惑をかけるかもしれないが、これからも色々聞かせてくれ」 「ええ。同じ街に住む神として、サポートさせていただきますよ」  二人と握手し、前を見据える。  四人の告白を受け止めよう。そして、恋を知って、恋神として自覚して、俺の答えを導いていこう。  分からないことだらけの中だったが、それでもその決意は揺るがなかった。  こうして、俺の……恋神としての物語が始まった。いつか、満足できる答えを見つけるために。
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