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Prologue.01
「卯月ありがとう! 相談した甲斐があったってもんだ」
「それなら良かった。これで失敗したとか言われても申し訳なくなるし」
学校までの通学路、友人の惇貴に感謝されながら歩いていく。こんな朝もいいものだ。
惇貴は笑顔のままスマホをいじり、ある画面を俺に見せてくる。
「ほら見てくれよ。『林村くんに告白されて嬉しかったよ。私が勇気出せなくて諦めかけてたのに、幸せになれるなんて夢みたい。これからは、彼女としてよろしくお願いします。ちょっと恥ずかしいね』だってさ! 可愛すぎないか!?」
「……ああ、そうだな」
惚気を見せるんじゃない。というツッコミは心のうちにとどめておく。俺が惇貴をこうしたと言ってもいいわけだし。
「でもよく分かるよな、卯月。なんでそんな他人の恋路に上手くアドバイスできるんだよ」
惇貴が昨日、意中の女の子と両想いになれた理由。自分で言うのもなんだが、俺のおかげという他ない。
恋愛相談を持ちかけられたのがおととい。それを踏まえて、昨日の朝から惇貴の好きな子を見ていたのだが。
「見てるとなんとなく分かるんだよ。この人は誰に恋してるか、みたいなのが。それで、どう考えても惇貴にその恋心が向いてたから、放課後に告白しろって言っただけだ」
「はー、そんな能力、オレも欲しいもんだ。そしたら人生イージーモードだっていうのに」
「……そう見えるか?」
「だってそうじゃないか? 自分を好きでいてくれてる人に告白すれば、断られることはないわけだし」
確かに、それはそうなんだが。
「そんな便利な能力でもないぞ。全員のことが分かるかって言われるとそんなわけでもない。惇貴の場合は特に運が良かっただけだ」
「まあなー。それに、別に好きでもない人から好意を寄せられても困るだけか」
「そうかもしれんが、誰かを敵に回すような発言をするなよ……」
なかなか好意を寄せてもらうというのは難しい。友情であれ愛情であれ、何かしら波長のようなものが一致しないと好意にはならない。そういう感情を寄せられるだけでもありがたいと思わなければ。
「にしても、卯月にはいないのか? 好きな人とか、気になる人とか」
惇貴が話を転換し、いつの間にか俺の話になる。
「別に特定の人が気になるとかはないな。恋愛相談は受けても告白を受けることはないし」
高校生ならば一人や二人、好きな人がいてもおかしくないというのは理解できる……のだが、俺の場合誰か一人を好きになることがない。なぜかと言われても自分でもよく分からない。
「博愛主義ってやつか? 卯月は誰にでも優しいからなー」
「どうだろう。別にこの人だ! っていう人が現れてないだけなのかもしれないし」
「あんなに可愛い女の子と仲がいいのにか?」
唐突に惇貴の顔が不機嫌になってしまう。
「誰のことを言ってるんだ?」
「とぼけるんじゃない。お前、可愛い子と何人も友だちなのは知ってるんだぞ!」
「いや、なぜそんな敵を見るような目で……」
彼女できたのに敵視するのおかしくない? 俺いないんだよ?
「リア充になっても可愛い子に囲まれてる奴を見るとイラっとはする」
爆発してしまえ。
「だって卯月、まず青凪さんと仲いいだろ? それに生徒会長と園王寺さん。あと栞奈ちゃん」
「えっ、栞奈までカウントされるのか?」
妹までそのカテゴリーに入れてしまうのはちょっと……
「実際可愛いからいいだろ!」
「なぜ怒る」
なんて、微妙に頭の悪い会話を続けていると、後ろから足音が近づいてくる。
「やっほ、二人とも」
肩にかからない程度で外にはねた青い髪を揺らしながら、来夏が小走りでやってきた。
「お、青凪さん。おはよう」
「おはよう、林村くん。それに卯月も」
「ああ、おはよう」
そのまま来夏は俺の隣に並んで歩き始める。
「なんの話をしてたの?」
「惇貴が彼女できてさ、まあそれ関係の話」
「えっ、そうなの? おめでとう!」
「おお、青凪さんからそう言われるとなんか嬉しくなるな……」
「さっそく浮気か?」
「なんでだよ!」
そんな会話を聞いていた来夏は、無邪気な笑みをこぼす。
「あは、二人って本当に仲いいよね」
「まあ、入学より前からもう話すようになってたからな……付き合いとしては一年ちょっとか?」
惇貴とは入学式前にあったオリエンテーションからすでに仲が良かった。そう考えれば、高校の中で一番初めの友人ということになる。
「とはいえ、卯月と青凪さんの付き合いの年月から考えれば、オレなんて全然だろ」
苦笑しつつ惇貴は俺と来夏を見る。まあ、確かにそうか。
「幼馴染だしな。付き合いの長さだけで言えば来夏が一番だが」
「私だって、卯月が一番かなぁ。なんなら、物心ついてない頃から一緒だもんね」
「記憶はないけどな」
母親がお互い中学時代からの友人で、偶然にも同じ年に子供が生まれた。そういうわけで、俺らは生まれてすぐから一緒にいる……らしい。正直、一緒に遊んだ記憶としてあるのは保育園くらいからで、それより前はさすがに覚えてない。
「でも、小学生の頃はよく遊んだよね。私は楽しかったよ?」
「俺は家の中で遊びたかったけどな……」
幼馴染だからと言って、趣味まで同じとはいかない。昔から俺はインドア派だったのに対し、来夏はめちゃくちゃアウトドア派。小学生の頃はそのアクティブさに負けていつも外に無理やり連れだされていた。
中学生からは部活で来夏は忙しくなったし、そもそも男女の差も意識し始める年頃。疎遠になったわけではないが、いつも一緒ということはなくなった。そんな来夏は今でも部活動一筋。陸上部でその名を轟かせている。
「それでだ。オレはずっと疑問に思ってたんだよ」
話に割り込む惇貴。
「何が疑問なんだ?」
「卯月はハーレムがつくりたいのか?」
「…………はい?」
何を言っているんだこの男は。
「さっき言ったように、青凪さんは可愛い」
「えっ?」
唐突なその発言に、驚く顔を見せる来夏。
「あは、ありがとね」
ただ、すぐに驚きは照れと笑顔に切り替わる。
……確かに、こういう表情は可愛いかもしれない。本人には言わないけど。
「そんな青凪さんとずっと仲が良かったのに、卯月はさらに会長や園王寺さん、栞奈ちゃんも今では仲睦まじい。オレにはハーレムルートを目指してるとしか思えん!」
「普通に失礼だな……」
客観的に見たらそんな感じに見えてしまうのかもしれないが、そんなことは一切ない。
「別に来夏も含めて、偶然出会って、それで仲が良くなっただけだ。それ以上の意図は何もない」
「となると、もう卯月は博愛主義者。優しさに満ち溢れた愛を平等に振りまく力を資する者。それしかない」
「何をかっこよく言ってんだ」
やっぱり惇貴と話すとIQが下がる気がする。なんか頭が悪くなりそう。
「……でもやっぱり、そうだよね」
「……?」
何か小声で来夏が呟いたが、うまく聞き取れなかった。
「どうした?」
「え、あ、別に何でもないよ。気にしないで」
慌てて手と顔を横に振る。
その行動に疑問を抱きつつも、通学路を歩き続け、学校の目の前まで来る。
「あ、会長だ」
すると、惇貴がいち早く校門の前に立つ生徒会長を発見する。
どうやら、今日は挨拶運動の日らしい。会長だけでなく、生徒会役員や風紀委員会が並んでおり、登校する生徒たちに「おはようございます」と繰り返し続けている。
「会長、おはようございます」
学校まで着き、先頭に立っている会長に挨拶する。
「おう、桜花くんか。おはよう」
女子の中では高い身長と、大きくつりあがった瞳を持つ会長。周囲に威圧感を与えそうだが、その小さな微笑みで我々はなぜか安心してしまう。
これが、学園内過去最高の人気を誇るとまで言われた金森唯音のカリスマ性、という他ない。
「そういえば桜花くん。昨日はありがとう、助かったよ」
「いえ、あれくらいどうってことないですよ。いつでも言ってください」
「……卯月、何したの?」
こそっと来夏が俺に聞いてくる。別に小声じゃなくていいのに。
「別に大したことじゃない。生徒会のポスター掲示とか手伝っただけだ」
「いや、こちらとしては大したことだ。他の役員は部活にも所属してるし、そっちに行ってほしかったからな。ただ行かせたはいいが、結局手が足りなくなってしまってな」
「会長、毎回そんなことしてますよね」
「お恥ずかしいことにな。桜花くんには頭が上がらないな」
いい人というか、要領が悪い人というか。会長は周りを気にかけすぎて手元がおろそかになることがよくある。カリスマ的存在なのに、なぜか放っておけない存在でもある。なんとも不思議な人だ。
「こんな人とも仲がいいとか、やっぱり卯月は罪な存在だ」
惇貴が不機嫌そうに語る。
「お前、まだ言うか……」
「こんな人、とは?」
そして会長もその話に乗っかってしまい、惇貴が続けてしまう。
「あ、すみません。別に変な人とかそういうわけじゃないです。ただこうやって青凪さんとか会長とか、卯月は可愛い子や美人さんに囲まれてますから。ハーレムでも作りたいのかって話してたところなんですよ」
「ハーレム……なるほどな」
え、なるほどって何?
「青凪くんとアタシは結構正反対だからな。桜花くんが女をよりどりみどり選んでるって感じも分からなくはないな」
なぜその話にそこまで乗っちゃうの!?
「確かに、会長と私って正反対かもですね。会長は肌白いけど、私なんてこんなに焼けてますし。羨ましいです」
来夏まで参入してきた。どういう状況なんだこれは。
「そんな外見だけの話じゃないぞ。青凪くんのいつでも笑顔絶やさず元気いっぱいに過ごせる、そんな心持ちが素晴らしいと思うし、アタシは羨ましいと感じるな」
……なんか褒め殺し大会と化してしまった。
すると会長がふと時計を確認をし、俺たちに呼びかけてくる。
「おっと、こんなところで話しすぎるのも良くないな。もう予鈴も近い。君たちは教室に向かってくれ」
そうして、会長との話は切り上げ、俺たちは自分の教室へと向かった。
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