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教室に着き、予鈴の8時30分にさしかかろうとしていた。
そんな時、クラスメイトの女子が俺に向かってやってくる。
「どうした?」
「桜花くんの妹さんが来てるよ」
「えっ」
栞奈が? こんな時間に?
ふと扉の方を見ると、中学の制服に身を包んだ栞奈が立っていた。目が合った瞬間、俺を手招きしてくる。そして逆の手には小さなカバンがある。
手招きに従ってそちらに向かう。
「なんかあったか?」
中学生の栞奈が高等部の校舎に来るなんてあまりない。何か緊急の要件でもあると思ったのだが……
「兄さんに忘れ物を届けに来ただけですよ」
そう言って小さな手提げのカバンを渡される。
「……あ」
中に入っていたのは弁当箱。せっかく栞奈がつくってくれていたのに、忘れて登校してしまったようだ。
「まったく兄さんは……しっかりしてくださいね。わざわざ栞奈が来たことに感謝してください」
「それはもちろん感謝なんだが……別に事務室に渡したりとかすれば良かったんじゃないか? もう予鈴も近いし、栞奈が大変だろ」
「栞奈もそうしようと思ったんですが……」
栞奈は少し不機嫌な顔をして横に目をやる。
「アタシが校舎に通したんだよ」
そこにいたのはさっきまで挨拶運動をしていた会長。
「この黒髪長髪女に、せっかくなら手渡ししてやれって言われたんですよ」
「口悪いぞ栞奈」
先輩なうえに高等部の会長なんだけど。それも本人目の前にいるし。
そんな会長は自分のことを言われているにも関わらず、笑みを崩さない。
「まあアタシのことを批判してくれる人がいた方が、会長として精が出るってもんだ。支持率100%なんて面白くないし、逆に支持されすぎるってのも良くないしな」
こういうことをさらっと考えられるのが、人気たる所以なんだろうな。としみじみ思う。
「栞奈は適当な人が嫌いなだけです。生徒会の人手不足で兄さんが手伝ったという話も聞きました。会長としてそういう管理は徹底するべきです」
まさに"ぷんすか"というような擬音が似合うかのように、栞奈は頬を膨らませ、茶髪のポニーテールを揺らす。
「はっはっは、まさにその通りと言う他ないな」
普通に笑って済ました。いやそれでいいんですか?
「あれ、栞奈ちゃん?」
そんな時、図書館に用事があると言って教室を出ていた来夏がちょうど帰ってくる。
「ちなみに、適当さについては来夏さんも同じです」
「え?」
どんな飛び火の仕方だ。
「金森会長も来夏さんもそうですが、もっとしっかりするべきです。いつかは自分で何でもやらなきゃいけない時が来るんです。学生だからと言って、他人に甘えてばかりじゃダメなんですよ」
そして謎の説教が始まってしまう。確かに来夏や会長より栞奈の方がしっかりしてるとは思うけど……
「栞奈」
「どうしましたか兄さ――あ痛っ!?」
こちらに振り向いた栞奈の頭を軽くチョップする。
「確かに栞奈の方が二人よりしっかりしてる。だけど、来夏も会長もそれ以外に才能があるんだよ。自分ができることを棚に上げて話すのは良くないぞ。来夏は栞奈よりスポーツができるし、会長は栞奈より頭がいいし人前で緊張せず話せる。分かるか?」
「それは……分かりますけど」
栞奈はしゅんと俯いてしまうが、多分分かってはくれたと思う。
「ただ一つ、言わせてください」
「なんだ?」
すると、栞奈の視線は来夏と会長に向く。
「お二人より、栞奈の方が兄さんを幸せにしてあげられます。これは宣戦布告です……来夏さん、金森会長」
「「…………!」」
栞奈のその言葉に、二人は目を大きく開ける。
「……どういうことだ?」
「兄さんはまだ分からなくて大丈夫です。栞奈は誰にも負けません。お二人にも……それと、園王寺さんにも」
キッと二人を睨む。
「……そろそろ、覚悟決める時期かもね」
「そうだな。青凪くんの言う通りだ」
来夏が何かを理解し、会長もそれに続く。
「それじゃあ兄さん、栞奈は中等部校舎に戻ります。また家でお会いしましょう。今日は父さんもお義母さまも夜遅いらしいので、栞奈がお夕飯作りますね」
「分かった。ありがとう」
色々疑問は残るが、栞奈もそろそろ中等部校舎に戻らないと遅刻になってしまう。俺は小走りで廊下を渡る栞奈を見えなくなるまで教室から見送った。
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