Prologue.01

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「312番でお待ちのお客様お待たせいたしました~」 「あ、はーい」  ガヤガヤと喧騒渦巻く店内で、園王寺さんがカウンターまで向かっていく。 「桜花さん、お待たせしました。そちらに空いている席がありましたので、行きましょう」  ウェーブした髪をまたふわふわ揺らしながらトレーを持ってやって来る。 「これが食べたかったのか?」  席まで向かいながら園王寺さんに質問する。 「はい、そうなんです。新しくオープンしたここのカリサクポテトフライ、巷で噂なんですよ」  そう語る屈託のないその笑顔に、もはやお嬢様感はない。 「さすが庶民派お嬢様だな……」  知り合ったときから知ってはいたが、そのギャップが凄まじい。  園王寺結羽。好きな食べ物はハンバーガーとポテト。 「ほんとに、園王寺さんの見た目ならキャビアとか毎日食べてそうなんだけどな」  空いているテーブルに座りながらぽつりとつぶやく。 「そういう高級なものも食べないわけではありませんよ。会食とかもありますからね。昨日も食後にブラックアイボリーが出ましたし」 「何それ?」 「コーヒーの種類の一つですよ。キリマンジャロとかブルーマウンテンとか、聞いたことございませんか?」 「あー……そういうやつの高級版ってことか」 「その通りです」  スマホを取り出して『ブラックアイボリー』で検索してみる。 「たっっっっか!!」  その値段に思わず驚愕してしまった。3杯程度の量しか入ってないのに1万超してる……。 「そんなものを口にしてるお嬢様がファストフード店でポテトとは……」 「桜花さんの言いたいことも分かりますよ。でも、わたくしはわたくしですから。好きなものに従順に生きているだけです」  きれいな仕草でポテトを手にしては口に入れる。 「さっき痩せるためにはとか言ってたのに、随分食べるな」  とはいえ、園王寺さんのスタイルは抜群。細くあるべき部分は細いし、大きいところは大きい。俺の知っている女子の中でもトップクラスのプロポーションだと思う。とか言ったらセクハラになるんだろうか。 「もちろん後で運動はしますよ。好きなものに従順に生きるためなら、そのくらいの努力はしませんと」  好きなもののために努力する……か。こういうところに育ちの良さが見え隠れしているような気がする。 「栞奈にも見習ってほしいもんだな」  唐突にそんなこと言ったものだから、園王寺さんもきょとんとしてしまう。 「栞奈さんって、桜花さんの妹さんでしたっけ?」 「そう、中等部三年の竜胆(りんどう)栞奈。あんまり俺も栞奈のこと話してないし、二人は接点もないよな」 「そうですね。わたくしは高等部からこの学園なので、後輩の方はあまり存じ上げておりませんね……」  園王寺さんは、エスカレーターで進学できるこの学園では珍しい外部からの入学生。一つしか年が違わないとはいえ、中学生と高校生ではなかなか関わる機会はない。 「それで、妹さんがどうかなされたんですか?」 「俺もよくは分からないんだが、来夏と会長に喧嘩みたいなの吹っ掛けててな」 「喧嘩……ですか?」 「急に栞奈が俺のことを一番幸せにできるのは自分です、とか二人に言っててさ。あと宣戦布告とか言い出して。俺を慕ってくれるのは嬉しいけど、他の人にまで喧嘩売るのは違うと思うんだよな」  ことの顛末を話すと、園王寺さんはクスリと笑う。 「やっぱり桜花さんは優しいですね」 「……そうか?」 「はい。妹さんの愛情を素直に受け取るだけじゃなく、妹さんのことを考えてお叱りになる。それに、会長さんや青凪さんのことまで考えているわけですから、優しいという他ありません」 「そりゃ、妹びいきするわけにもいかないからな」  甘やかしすぎるのは栞奈にとっても良くないことだ。中学生にしては大人びているが、それでも子供なことには変わらない。兄として責務を果たさなければ。 「そういうところが優しいと申しているんですよ。誰にでも優しくする桜花さんだから、妹さんも嫉妬されたんじゃないですか?」 「嫉妬ねぇ……そういえば園王寺さんにも負けませんって最後に言ってたな」  それを聞くと、園王寺さんが目を丸くする。 「……なるほど。妹さんとはほとんどお会いしていませんが、周りをよく見ていらっしゃる方なんですね」  園王寺さんも来夏と会長のような反応を見せる。  そんな栞奈のブラコン具合に反応する必要あるか……? 「不思議そうな顔をしてますね」  ちょっと不敵な笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。 「どうしてみんな妹さんの噛みつきに反応するのか、疑問に思っていらっしゃるのかなと思ったのですが」 「……エスパーか?」  完全に思考を読み取られた。 「もう少ししたら、多分桜花さんの周りの環境に変化があると思います。それまではいつも通りにしていれば大丈夫ですよ」 「そんな未来予知みたいなこと言われても……なんか危険なことが起こるわけじゃなければいいが」 「わたくしはむしろ良い方向に変化すると思っておりますよ。ただ……桜花さんがどう思うか、それは分かりません。もちろんわたくしとは価値観が異なるはずですから」  なんかもったいぶった口ぶりだな……。  そんな話を続けていると、トレーに乗っていたポテトがなくなる。 「追加で買うか?」  園王寺さんは首を振る。 「いえ、食べすぎは体に毒ですから。次はショッピングで少し運動です」  そういえばいくつか行きたい場所があるって言ってたっけ。 「どこにショッピング行くんだ?」 「『ハンドレッド&ハンドレッド』というお店です」 「ハンドレッド……100?」 「そういうことです。1階フロアは全部100円均一、2階フロアは全部300円均一というお店なんですよ。すごいですよね」 「すごいというか……それをすごいと言うお嬢様がいることがすごい」  100円ショップとか300円ショップにこんな目を輝かせるお嬢様がいるだろうか。 「最近のこういうお店は便利な掃除用具もたくさん取り揃えられているんですよ。それをちょっと拝見しようと思いまして」  さすが、特技が家事全般の庶民派お嬢様なだけある……。  そうして、俺はショッピングに同行し続け、日が落ちる前に帰路についた。そして園王寺さんはやっぱり徒歩で帰った。
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