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「私は......この人に......これまで散々苦しめられて来ました。今、この人の心臓が止まっていると聞いた瞬間はどうしようかと思いましたが......でももし、このままこの人が帰らぬ人となってしまえば、私はこの人から解放されると言う事に気付きました。
幸いにも今ここには、少数の人しか居ません。どうか......このまま何もしないでこの人を死なせては頂けないでしょうか?」
すると、そんな犯罪行為の提案に、すかさず支持を表明した人物が居る。それは、今やって来たばかりの小柄な男性客だった。
「俺はこの人の意見に賛同するぞ。みんなも食堂でこいつの行動を見てただろう。こんな奴に生きる資格は無い! ここは奥さんの願い通りにしてやろうじゃないか。みんなが貝になれば、それで済む話だ」
多分、食堂での一件に対する怒りがまだ収まっていないのだろう。その者は、自業自得だと言わんばかりの表情を浮かべている。
「ちょっと待て、それは少し違う。どんなにひねくれた人間だって、生きる権利ってもんが有る。もしこの老人があんた達の言う通り、生きる価値の無い人間だったとしたら、いずれ神が必ずこの老人に天罰を下すだろう。
でもそれはあたし達の仕事じゃ無い。あたし達の仕事は、今この瀕死な老人を助ける事だ。本当に居ないのか? ここに『救急救命士』は居ないのか?!」
!!!......
このエマの呼び掛けに、たった1人だけ僅かな反応を示した者が居る。しかし、その動きにいち早く気付き、その者の行動を制した者がまた別に1人居た。
旅行客に扮した『エマ』
フロントマンに扮した『ポール』
男性客に扮した『マスター』
そして、
ご婦人に扮した『美緒』
松葉杖老人に扮した『圭一』
その時、計10個の目が一斉に、『救急救命士』たる殺人犯、『女中』槇田 玲子と、それを匿う『女将』に視線を向けられていた事は言うまでもない。
ところが......今この旅館の中にもう1人居る事を忘れてはならない。
トントントン......
突如、階段を下りて来る足が響き渡る......
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