第二話 フェイク EMA HIIRAGI

26/40
前へ
/48ページ
次へ
「はい......これを使って」 なんと、いつの間にその者は出没していた。よくよく見てみれば、手にしっかりと赤いボックスを抱えている。『AED』......残念ながら、そこにはそんな文字がしっかりと描かれている。 「早くしないと、手遅れになるわよ」 呆然と立ち尽くすエマに対し、追い討ちを掛けるような発言を続けるその者は他でも無い。『槇田 一徳 殺人事件』、担当刑事たる沢山 一美だった。つい今しがたまで、エマと露天風呂で言葉を交わしていたその者である事は言うまでも無い。 担当刑事、沢山 一美(さわやまかずみ)は、言うまでも無く、その容疑者たる槇田 玲子を追っていた。綿密なる捜査の結果、整形手術で顔を変えた玲子が、この『せせらぎ荘』に女中として匿われている事を突き止めてる。しかし、それを立証する方法がどうしても見付からなかった...... 正攻法では、彼女から『自供』を得る事が出来ない。そう考えた彼女は、遂に禁断の手へと打って出た訳である。それは巷で噂の仕事人、『EMA探偵事務所』へ事件の解決を依頼する事だった。 今、エマの目の前に立つそんな依頼者は、マスクもゴーグルも付けていない。本来であれば美しきその顔は、アザだらけ、傷だらけ......仮面を取った彼女の顔には、容疑者玲子と今同じ境遇に彼女が置かれている事を顕著に現していた。DV......他でも無い、それだ。 彼女が露天風呂で顔を酸性湯に浸けなかった理由は、顔に出来た傷を悪化させない為。決して整形した訳では無かった。 この担当刑事 沢山 一美は、自らが容疑者を逮捕する立場で有りながら、その者に対し同情の念を抱いてしまっている......それは露天風呂での対話を通じて、エマが真っ先に感じた事だった。 この際、舞台に出て来なくてもいいから、せめて邪魔だけはしないでくれ.....そんなエマの願いが、今正に打ち砕かれた瞬間だったと言えよう。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加