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「あっ、あなた!......しゅ、主人が......息を吹き返しました!」
そんな叫び声を上げたのは他でも無くご婦人。しかし......その表情は喜ぶどころか、むしろ悲痛に満ち溢れていた。当たり前だ。やっとこの人から解放される......そんな希望が見えた矢先での覚醒なのだから。
「んんん......な、なんだ? ど、どうしたんだ......」
一方、そんな悪しき空気など読める訳も無い松葉杖老人は、ロックの掛かってしまった瞳を必死に開けようとしている。
「おお、心臓が動いたか。それは良かったな......」
そんな様子を見ていた小柄な男性客は、さっさと目を反らし、「あ~あっと」大きなあくびを披露しながら、部屋へと戻って行った。きっと、また余計な事を言われて、気分を害されたく無かったのだろう。
「あなたは今ここで突然倒れて、意識を失っていたのよ。よ、良かったわ......目が覚めてくれて」
取って付けたような言葉を並べるご婦人だった。しかし、そんな気持ちの込もっていない物言いは、得てして繊細な心を持ち合わせた人間には、通用しなかったりするものだ。
「なんだお前、その言い方は?! そうか......分かったぞ。俺が死ねば良かったと思ってたんだろ! ん......なんだそりゃ? AED......まさかそんなオモチャを俺の心臓に当てるつもりだったのか?!」
なぜだか分からないが、とにかくこの松葉杖老人は、何が何でも、この献身的なご婦人を罵倒したいらしい。
さっき、このまま死なせてくれと頼んだこのご婦人の気持ちを少なからず理解した者も多かったのではなかろうか......
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