第二話 フェイク EMA HIIRAGI

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これまで一貫として冷静なる態度で接していた女将は、なぜだかここで、急に言葉を詰まらせてしまう。しかし女将は、一端呼吸を置きゆっくりと玲子の目を見詰めて力強く言った。 「ただの人助けよ」 正直、それがトゥルーアンサーだったのかどうかは分からない。とにもかくにも、女将は希に見ぬ賢き人間である事は間違い無い。多分それが女将の出したベストアンサーだったのだろう...... 「そうですか......」 「さぁ、もう猶予は有りません。これが車のキーよ。確かな人物の名義で借りたレンタカーです。直ぐに足が付く事も無いでしょう。県外に出たら乗り捨てて構わないから」 「あ、有り難う......」 恐らく女将は......遅かれ早かれ、この日がやって来る事を予期していたのだろう。この用意周到さには、頭が下がる。探偵さながらだ。きっと今回の事件で、エマの最大なる敵は、玲子に有らず、この女将だったに違いない。 やがてそんな女将に、言われるがままの玲子は瞬く間に荷物をまとめ、着替える時間も惜しんで裏口から素早く飛び出して行った。きっと玲子も玲子なりに、この日が来るのを予期して、いつでも逃げれる準備をしていたのだろう。 もしこのまま、玲子がまんまと旅館を抜け出してしまったら、もはやエマの敗北は確定的と言っても過言では無かろう。 一方、そんな一刻を争うような状況下、当のエマはいかなる火急な動きを見せていたかと言うと...... 「神経使った後の湯はまた格別だな。ああ......骨身に染みるわ......」 なんと! 呑気に露天風呂の湯を楽しんでいた。 しかも...... 「勝利の湯は特に気持ちがいいわね。フッ、フッ、フッ......」 ミイラと共に。
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