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0日目
説明書通り、満月の光が降ってくる窓辺に素焼きの小さな植木鉢を置き、そこに種を蒔いた。植木鉢には土の代わりに、ビスケットをくだいたもの・チョコブラウニー・マシュマロを敷き詰める。底に入れる石の代わりは金平糖だし、かけてやる水は砂糖水だし、たぶん妖精というのは甘党なんだろう。
「あとは願いとおまじない、だっけ」
おまじないの言葉も説明書に書いてあるから大丈夫。おまじないというより、魔女の呪文のようだ。仕上げの粉砂糖をふりかけるみたいに、パラパラと言葉を散らした。パピロニ・カルナ・ルナ・パルラ。
さてここで1つ問題が発生する。ここまでしておいたくせに元も子もないようなことを言うようだが、僕にはいまのところ、わざわざ妖精に祈りたいほどの願いがないのだった。なぜなら、今のところだいたいの物事は自分の思い通りにいっているし、今のままでもそれなりにハッピーな毎日を送っているから。望みがないわけではないけど、しょせん自分の行動の範疇におさまるようなレベルのものでしかないので、わざわざ妖精に叶えてもらわなくてはいけないほどではないのだった。
それなら、べつに今日無理して種を蒔かなくてもいいのかもしれない。いつか本当に叶えたい望みができた時まで、置いておけばいいのかもしれない。
でも、せっかくここまで準備したしなあ、と思うと、最終的には、どうせならこのまま続けたいという気持ちが勝った。
だから僕はとりあえず、1番に思い浮かんだ願いを口にし、種蒔きを終えた。壮大で真摯な願いといえば、それもそうだね、といえるし、叶えようと思えばいつでも叶えることができるといえば、そうでもあるような、そんなありきたりな願い。だけどまあ、なにもないよりはきっといいだろう。
ぶじに芽が出てくれるといいけど。
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