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第四十二話 もしもし
「え! ま、真弓を知ってるのですか!」
「うん、まぁ……」
海渡が問いかけると、田中がガバリと頭を上げ語気を荒げた。どうやらやはり田中真弓を知っているようだ。
「目の中に入れても痛くないほど可愛く、モデルにでもなったら世界中から注目されること間違いなしで嫁にやりたくない娘15年連続第1位かつあの総選挙にでたらダントツ首位になるだろう私とは似ても似つかない超絶美少女な娘、田中真弓を知っているのですか!」
「ごめん、そこまで言われるとちょっと自信がない」
美少女という点では認めなくもないが、そこまで凄いかと言われると若干ためらいもある海渡だ。
「とりあえず、あんたをうざがっている娘さんなら知ってるよ。同じ名前で、母親がしつこく復縁を迫られて困ってるという」
「何だそれなら別人ですね。確かに復縁したいと思ってますがそこまで嫌われてはいません」
「最後に声をかけた時、何と言われた?」
「しつこいのよこのハゲ! と愛情をたっぷり込めていわれました。娘からも照れくさそうに、こんなにしょっちゅうメッセージをよこさないでと言われました」
「間違いなくあんたの娘ね」
厳しい目で鈴木が断言した。そんなことを話しながら嬉しそうにしている彼を見る皆の目が冷たい。
「自覚しろよ田中。もうお前嫌われてるんだから」
「いきなり呼び捨て! いやいや、確かに私にも至らない点はあったかもしれないけど、愛情はまだ残っているに決まっている! 失って初めて大切さに気がつくことだってあるんですよ。私の髪の毛みたいに!」
「上手いこと言ったつもりか」
「ガウ……」
杉崎が白けた目を向ける。アカオも、なんとも言えない表情だ。
「そもそもどうして君が娘のことを?」
「ちょっと相談を受けて」
「相談、だと?」
田中の質問に答える海渡。すると彼の眉がピクリと反応し。
「個人的相談を受けるなんてお前一体娘とどういう関係だ! さてはその人外な力で娘をかどわかグボッ!」
勢いよく立ち上がり海渡の襟首を掴んで叫ぶ田中。なので条件反射的にデコピンしたら吹っ飛んでいった。
「凄い飛んでいったわね……」
「母さんの友だちの兄のおじさんが世界デコピン王決定戦で優勝したことがあったんだ」
「そんなのがあるんだな――」
杉崎がデコピンの大会があることに驚いた。
「アイタタタタタ――もう痛いじゃないですか酷いな!」
するとデコピンされた田中が額を擦りながら立ち上がる。軽口を叩ける余裕はありそうだ。
「もう立ち直ったぞ……」
「回復力早いわね」
勿論海渡は加減をしたが、にしてもアイタタタタで済ますとは、中々頑丈なようだ。
「とりあえずあんたの娘さんとは妹を通じて知り合ったんだ。妹と同じ中学に転校してきたからね」
「え? 海渡くんって妹さんいたの?」
「うん」
「知らなかったわね」
海渡が妹のことを話すタイミングはこれといってなかったので、皆が初耳といいう顔をした。
「そうだったのですね。それなのに失礼なことを。しかし転校したばかりの真弓と友だちになってくれるとは何といい子なのか! 今度紹介してくださいその時に真弓もつれて是非!」
「だから断る」
「だからって何!」
「あ、言葉足らずだったあんただから断る」
「更に酷いよ!」
田中は妹をだしに娘と会うつもりだったようだが、それ以前に海渡は妹を田中に近づけたくないのである。
「はぁ、それにしてもなんで妻も娘も私に顔を見せてくれないのか。折角近くまでやってきたというのに」
「妙なところで行き倒れしているかと思えばそれが理由だったか」
ホテルがあった場所まで結構離れているというのに、何故? と疑問に思っていたが、どうやら元奥さんと娘に会うためにやってきたようだ。
「そもそもなんでこの近くだとわかったの?」
「SNSをたどり、載ってた写真を頼りに、昔の知り合いにも必死に聞きまわってやっとですよ」
海渡が聞くと田中が自信満々に答えた。聞いていた女性陣がかなり引いている。
「もしもしおまわりさんですか? 今ここにストー」
「待って待って! どこに電話してるの!?」
「ポリス」
「やめてシャレにならないから! 本当ただでさえおじさん警察にも目をつけられてるんだから!」
鈴木がスマフォを取り出して電話すると田中が慌てた。鈴木は中々容赦がない。
しかし田中が必死に弁解し、何とか警察沙汰は避けた。
「と言ってもやってることは褒められたものじゃないしなぁ」
「元妻と寄りを戻したいってだけですよ。純粋な愛ですよ一体何が悪いのか!」
「存在」
「辛辣すぎない!?」
遂に存在そのものを否定される田中である。
「大体私が嫌われているとは限らないでしょう!」
「いや気づけよ」
誰が聞いてもその答えは明らかなのだが、田中本人が全く気がついていないのだから困りものである。
「真弓ちゃんから奥さんがどう思っているか聞いているよ」
「本当ですか? ほらやっぱりちゃんと話題になってるじゃないですか。実は今でも思っているとか、本当は会いたいのに素直になれないのとかですよ」
「あんなだらし無いハゲと復縁なんて絶対ムリ生理的に無理声を聞くだけで蕁麻疹が出るって」
「そんな馬鹿なぁああああぁ!」
海渡の話を受け大きく仰け反りフラフラした後、田中はがっくりと項垂れた。
「流石にこれだけ言われたら気がつくわよね」
「でもちょっと可愛そうかも……」
鈴木がやれやれといった顔を見せる。一方で佐藤は少し同情しているようだ。
「ですが、現実を知るのも大事ですわ!」
「ガウガウ」
金剛寺がピシャリと言った。アカオもそのとおりと頷いている。
「ハッ、でもよく考えたらだらしないは、母性本能をくすぐられるという意味で、生理的に無理は私のことを思うばかり生理的に反応するとも考えられるし、蕁麻疹は心の奥底では嬉しがってるがゆえの肉体的に自然な症状という可能性だって」
「お前、いよいよだな」
杉崎がヤバイやつを見るような目で言った。ここまでこじらせるとどうしようもない気がしないでもない。
「とにかく相談してきた娘さんが、あんたを止めてくれって言ってるぐらいなんだから諦めなよ」
「ウゥ、でも、でも、そ、そうだ! 組織だ! 妙な黒っぽい服をしょっちゅう着てそうな組織が狙ってるんですよ!」
「だからそれどんな組織だよ」
「大体、今あんた無事じゃない。狙われてたんじゃないの?」
「あぁ、それが最近ちょっとなりをひそめてるんですよね。だから就職できたってのもあるんですが、だいたいすぐだめになったけど」
どうやらここ最近は組織というのもおとなしいようだ。田中みたいなのを狙っていても経費の無駄だと悟ったのかも知れない。
「だったら問題ないね」
「でもいつ襲われるかわからないし!」
「なら妹の友だちでもあるし、俺も注意しておくよ」
「なら解決だな」
「そうだね。下手な大人より頼りになるもん」
「田中なんかよりずっと安心ね」
「完璧なボディーガードだと思います」
「ガウガウ」
「アカオもこれで問題ないと言ってますわ!」
海渡が見てくれるという話に皆が安心してくれた。事実上これで田中の娘も救われたと言える。
「というわけで田中の心配事はあっさり解消された。これで二度と娘と会うことはないだろう。さらば田中、君のことはすぐに忘れる」
「ちょっと! 何勝手にナレーションっぽく締めくくってるんですか! あと忘れないで!」
海渡が締めようとすると田中が猛烈にツッコんだ。
「とにかく、ひと目だけでも娘に会いたいんですよだからお願いしますよぉ。居場所も知ってるなら教えてくださいよぉ」
「……ならとりあえず気持ちだけでも娘さんに伝えておくよ」
「本当ですか?」
「うん、だけど返事がくるまでもうメッセージはおくらないでね」
「それは断る!」
「だがもう消した!」
「へ?」
どうやらメッセージをやめるつもりはないようだ。仕方ないので実力行使に出た海渡であり。
「ひぃ、アドレス帳から娘と妻のデータが消えてる! いつのまに!」
田中が悲鳴を上げた。密かに海渡が田中が持ってる端末から娘と元奥さんのデータを消し去ったのだ。勿論復元不可能なほどに完璧に抹消したのだ。
「それじゃあ、帰ったら聞いてみるけど、あまり期待しないでね」
「ううぅう、本当お願いしますよぉ……」
データが消えたことに嘆き悲しむ田中だが、そのおかげで元奥さんと娘は鬱陶しい目に合わなくて済むのだから万々歳である。
そしてその後、念の為確認してみたが、絶対イヤだと、という返事が届いたので結局田中は暫く娘と会えることはなかったわけだが――
◇◆◇
黒瀬 帝は完璧な人間だ。芸術から運動、勉学、格闘技に至るまで全てが完璧だった。
どれぐらい完璧かと言えば、辞書の『完璧』の項目に『黒瀬 帝』と記入するぐらいには完璧であった。
しかし黒瀬には1人危険視する人間がいた。海渡だった。サバイバルロストを解決した立役者の1人でデスホテルでも活躍し、皇帝の遊戯では黒瀬も舌を巻くほどの名推理を披露した存在である。
危険だと思った。生かしてはおけないと思った。
だからいつでも黒瀬は海渡を殺すタイミングを図っている。そしてその日は来た。
今は授業中だった。担当の教師が黒板にチョークを打ち付ける音が響き渡っている。一見するとこんな中で海渡を始末するなど無謀にも思えるが黒瀬には一つ考えがあった。
今授業を行っているのは教師生活30年のベテラン教師である。しかも世界チョーク投げ選手権で何度も優勝した経験を誇る教師だ。
そんな彼は、授業中に居眠りしていたり授業を聞いていない生徒がいたら容赦なくチョークを投げる。その威力たるや食らった生徒が軽く吹っ飛ぶ程だった。
このコンプライアンスがどうだとうるさい時代に、知ったことかと生徒にチョークを投げ続けるその教師を黒瀬は高く買っている。
そしてこれこそが海渡を始末する武器になる。
作戦はこうだ! 先ず黒瀬が欠伸をかいたりなど不真面目な態度を敢えて取り、自分に向けてチョークを投げさせる。それを受け流し海渡に投げ返すのだ。黒瀬は合気道も完全にマスターしていた。その黒瀬の技術と30年チョークを投げ続けた教師の力が合わされば受け流すことで数倍の威力となったチョークが矢と化して海渡を襲いその身を貫くことだろう。
だがその前に黒瀬にはやるべきことがあった。手に持っていたコインを指で弾く。クルクルと回転するコインを待ち構える黒瀬であったが。
「あいたッ!」
黒瀬が叫んだ。額がじんじんと痛む。飛んできたチョークが当たったのだ。その結果コインは床に落下。かと思えば手が伸びてコインを拾ってしまった。
「――黒瀬、これは何だ?」
見上げると、黒瀬を見下ろし問う教師の姿があった。チョークを投げたのも彼である。
「……運命のコインです」
「ほう、それで、その運命のコインとやらでお前は授業中に何してたんだ?」
「コイントスを……」
「それは授業中にやっていいことか?」
「駄目なことです……」
「何故チョークを投げられたかはわかるな?」
「はい――」
「よし、黒瀬、廊下に立ってろ。あとコインは没収だからな」
こうして結局コイントスが原因で海渡を殺す計画は頓挫した。チョークも自ら受けてしまったが頑張れ黒瀬! コインは放課後には返してもらえるぞ!
作者より
皇帝の遊戯編はこれにて終了です次からデットチャンネル編となります!
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