第十一話 会長

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第十一話 会長

「急いでください会長!」 「わ、わかってる! そう焦らすなクソ!」  眉毛の太い坊主頭の男が苦虫を噛み潰したような顔を見せつつ足を速めた。周囲は完全武装した兵士に囲まれている。  年の頃は50代そこそこといったところだろう。高級そうなスーツに革靴、腕にもやはり特注の世界に1本しか無いような高級時計が巻かれていた。  見るからに金など有り余っていそうなこの男こそがサバイバルロストを運営する主催者でありこの組織のトップである。  男はいつもなら高笑いを決めながら殺し合いを行う高校生の様子を眺め、そして会場にやってきた餌に飛びつく豚どもの姿に酔いしれている頃のはずだった。  だが、今回に限ってはそうはいかなかった。ゲームを進行する軍曹や兵士たちが何者かの手でゲームが始まる前に倒され、更にその様子を見ていた指揮官達も次々とやられ、あまつさえいざという時の為に控えさせていた空母も消し飛んでしまった。  その報告を聞いた時、会長は冗談にしては面白くないと鼻で笑ったものだが、それが真実だと知りその顔から余裕が完全に消え失せた。  会長の頭の中では色々な思いが交差していた。一体こんな真似誰が出来るというのか。どこかの国の諜報機関かそれとも世界警察、公安なんてものも思いつきついにはあの連合が動き出したのか? などとも考えたが、そのどれでもないことは明らかでもあった。  そもそもその程度の組織にどうにか出来ることならこんなゲームはとっくに潰されている。会長は有力な組織にはしっかり根回ししていた。各組織の重鎮と話をつけ懇意にしてきたし、なんならそういった連中も賭けに参加している程なのだ。だからこそここまで派手なゲームを定期的に繰り返すことが出来ていたのだ。  会長は自らの地位は揺るぎないものだと思っていた。世界のすべてを掌握したつもりになっていた。一つの国家に匹敵する戦力だって確保していた。  だが今まさにその一つが瓦解しようとしている。 「おのれ! どこの誰かは知らんが絶対に突き止めて追い詰め、生きていることを後悔するぐらいの地獄を見せてやる!」  会長は一人決意を固めた。この島はもう捨てるつもりだが、舞台となる島を含め会長は世界中にこのような場所を幾つも所有している。 「いや~それはもう無理かな」  だがしかし、会長の行く手を阻む一人の少年が突如、まるでマジシャンのようにその場にパッと姿を見せた。 「な、何だ貴様は!」 「学生服? なんでそんな奴がここに?」  兵士たちが怪訝そうな顔を見せる。とはいえ流石に会長を護衛するだけあって即座に銃を構え陣形を取り会長を守りつつ警戒を強めた。 「こ、こいつです! 会場に現れ、兵士を全員倒し、ゲームを滅茶苦茶にしているやつは!」 「な、何?」  秘書の発言に会長は目を見張った。実は事前に少年の情報は秘書から聞いていたのだがあまりのことに会長の耳には届いていなかった。 「こいつが……俺たちの仲間をだと?」 「馬鹿な、みたところ武器一つ持っていないではないか」  兵士が訝しげに少年を見ていた。そんな中、会長が怒りを顕に少年へ叫ぶ。 「き、貴様か! わしのゲームを滅茶苦茶にしたのは!」 「そうだけど?」  少年はしれっと答える。 「おのれぇ、いけしゃあしゃあと。覚えておけ! 貴様はどうせここで死ぬだろうがいくら隠しても名前も家族構成も全て暴き、親族も含めて皆殺しにしてやる!」 「それはやめてほしいけど別に俺の名前を隠すつもりはないよ。伊勢 海渡、それが俺の名前だ」  海渡はあっさり自分の正体を明かした。会長は目をパチクリさせるが、すぐに笑い声を上げ。 「馬鹿が! 調子に乗りおって! おい今すぐこいつの家族を洗い出せ。そしてこいつの目の前で家族が処刑されるところを見せつけてやるのだ!」 「あんたらはその前に自分の心配をした方がいいと思うけど?」 「何だと?」  海渡の言葉に怪訝そうに眉をひそめる会長。その時、秘書が緊迫した声を上げる。 「そ、そんな! 大変です会長! ね、ネットに、今ここで行われている全ての情報が、さ、晒されています!」 「……は?」  その言葉に流石の兵士も動揺を押さえきれない様子だった。 「ば、馬鹿な! ネットになどそもそも繋がっていないだろう!」 「で、ですが実際……」 「く、貴様! なにかしたのか!」 「運営のサーバーを乗っ取った」 「な!?」  会長が飛び上がらんばかりに驚いてみせた。あまりのことに顔が強張り眉も上がったり下がったりを繰り返している。 「あ、ぐ、な、なるほど。少しはやるようだな。だが、そんなことではわしはびくともせん。すでにここは捨てる覚悟だ。例えこの島のことが知れ渡ったところで拠点なら世界中に!」 「か、会長! それが、拠点の全てが白日のもとに! 銀行口座から家族構成に会員名簿、所属している兵士から暗殺者、ダミーの会社まで、すべてネット上に!」 「はぁあああぁああああぁあああ!?」    度肝を抜かしたような声を上げ、秘書が持っている端末を奪い、自分自身の目で確認した。だが結果は変わらない。 「われわれが行ってきたゲームの内容もそれ以外の犯罪行為についても全てが……」  秘書ががっくりと膝から崩れ落ちた。自分自身の運命を悟ったからだろう。当然だがこの秘書も悪事には大いに加担している。 「状況がわかったかい?」  海渡が尋ねると、会長が悔しそうにギリリと歯ぎしりするが、居直ったように腕を組み。 「ふん! それがどうした! お前らも心配するな。所詮はネットのことだ。もみ消すことなど容易い。こんなもの情報そのものが嘘だということにすればいい。資金だって大量にある。わしらが弱みを握っている連中だっている。こんなものどうとでもなる」 「無理だと思うけどなぁ」  往生際の悪い会長に呆れ顔を見せる海渡だ。そして海渡の言う通り無駄なことでもある。  何故なら海渡は事前にジャッジメントハートという魔法を行使していた。この魔法は特定の情報を見聞きした人間にそれが真実であればより真実として偽物であればより偽物として伝える魔法である。  つまり杉崎が拡散中の情報は全て真実である以上、ネットで見た人々もそれを真実として受け止め決して疑わなくなる。後からいくらごまかそうがもう無駄なことなのである。    そして事実ネット上では既にこの情報による話題でもちきりとなっておりトレンドな情報としてもぶっちぎりの1位になっていた。世界中は大騒ぎであり政府に対応を求めたり抗議する人々が秒単位で増え続けている。 「とにかく、先ずはこいつをぶち殺せ! 家族などは後で追い込めばいい!」 「イエッサ!」  会長が命じると兵士たちが改めて海渡へ銃口を向けた。 「いや、もうそういうのいいから――ロック」 「……は? 何を言ってるんだ貴様は?」 「だからロック。これでもうお前らは武器を扱えない」 「は、馬鹿らしい。頭がおかしいのか? お前らもとっととこいつを撃ち殺せ!」 「いや、そ、それが……」 「引き金が全く引けません!」 「な、何?」  兵士たちが銃をガチャガチャさせるが、全く銃を撃てず完全に平常心を失っていた。 「か、かせ!」  ついにはこらえきれなかったのか会長が兵から銃を奪い、自ら海渡を撃ち殺そうとするが、やはり引き金は引けなかった。 「無駄だよ。ロックしたと言っただろう? お前らは今後二度と武器を扱えない」 「何を馬鹿な。お前ら銃が駄目ならナイフを使え!」 「駄目です! 抜けません!」 「手榴弾は!」 「ピンが外れません!」 「だ、だったら直接素手で殺してしまえ!」 「イエッサ!」    何人かの兵士が海渡に向かっていった。だが、近づくも結局何も出来なかった。殴ろうとしても腕が上がらず蹴ろうとしても足が上がらない。しかも酷く疲れやすい、ちょっと歩いただけでもうへとへとなようで膝をついてぜぇぜぇと息を荒くしている。 「そ、そんな」 「手も脚も、思うように動かないなんて、それに、何か調子が悪い……」 「だから無駄だって。体力も低下させておいたしお前ら全員、もう二度と武器を使用できないし人に暴力をふるえない。ロックしたから」  平然と海渡が言い放つ。ロック、異世界では施錠魔法として知られており、本来は大事な物に魔法の鍵をかける為の魔法。だが使いようによっては体の一部をロックしたりも可能であった。  だが、海渡は更にその魔法を昇華させた。これにより海渡は概念さえもロックが出来る。  それこそが海渡のパーフェクトロックの魔法である。  そして海渡はこのゲームに関係している全ての者を対象にロックを掛けた。そう武器を使うという概念にだ。更に暴力を振るうという概念にも。  しかもかなり拡大解釈しているため、彼らは武器になりそうなものは二度と使用することが出来ない。  包丁やナイフのたぐいは勿論、ボールペン一本に至るまで、勿論乗り物も運転できないどころか乗ることすら許されない。 「ついでに、お前らの金にもロックさせてもらったよ」 「は?」 「もうお前らは二度とお金や金目の物を手に入れられない。使用することも出来ない」 「な、何を馬鹿な!」  慌てて会長がタブレット端末を操作しようとするが端末を操作することも出来なかった。 「あぁ、そういうのも二度と使うことが出来ないからね」 「か、会長、その格好……」  会長が唖然となる。そして周りの人間にいわれて気がついたがいつのまにか身につけていたアクセサリーや時計、更にスーツまで外れ会長は全裸になっていた。 「な、な~~~~~~~!」 「あ~それ全部金目のものか。なら無理だね。着れないし持てないし身に付けられないよ」  海渡に言われ、ガクリと会長が膝から崩れ落ちる。すると秘書が会長の首に妙な痣が刻まれていることに気がついた。 「これは一体……」 「な、なんだ?」 「首に妙な黒い痣が、て、兵士の首にも……」 「あぁそれはヘルズクレスト。このゲームに関わった全員に刻ませてもらった地獄への招待状だ」 「は? じ、地獄、だと?」 「そう。その印がある者は死後地獄に行くことが確定する」 「な、何を馬鹿なことを!」 「まぁ信じる信じないは自由だけど」  海渡が飄々と告げる。これも魔法であり説明通り印が刻まれたものは死後確実にその魂が地獄へ向かう。しかもこの印が刻まれたものは眠ると精神が毎回確実に地獄に誘われ正に地獄のような苦しみを味わい続ける。しかしそれでも精神だけな為、魂が味わう苦しみよりは遥かに軽い。そのことを彼らは毎回地獄の拷問官より伝えられることになり、今は信じていなくても否応なしに地獄を意識するようになる。 「お前ら全員、今後生きている間は何一つ楽しめるものがない。そういうふうにした。味覚にもロックしてあるし金は手に入らないし武器も使えず暴力も振るえないから犯罪行為にも走れない。だからといって死ねば苦しみから解放されるかといえばそうでもないけどね。ま、それは直にわかるよ」  そう、これによりデスゲームに関与した人間全ての人生が終了した。彼らには生きていても辛いだけの人生しか待っていない上、死ねば地獄で永遠の苦しみを味わい続けることとなる。 「な、何なんだお前。何故、何故わしらにそこまでする! わしらがお前に何をしたと言うんだ!」 「いや、デスゲームに巻き込まれたし、そもそもさんざん好き勝手やって人の命を弄んできただろう? ま、いいさ。じゃあ、もう俺は行くよ、お達者で」  会長達が愕然とする中、海渡はそれだけ言い残しその場から消え失せた。それから暫く茫然自失となる会長達だが――ふと秘書が口を開く。 「あ、あいつの言っていたことは本当なのでしょうか?」 「馬鹿いえ! あんなものハッタリに決まってる! とにかく邪魔者は消えた。すぐにここを出よう――」  そして島からの脱出を試みるが、彼らはすぐに気がつくこととなった。何も出来ない自分たちでは最早島から出ることもかなわないのだと。そしてそれは島に取り残された会員たちについても同じであり、そうこうしている内に島に警告の声が鳴り響く。 『サバイバルロスト運営及びその関係者に次ぐ! 貴様らは完全に包囲されている! こちらはア――海軍――』 『こちらは中――の!』 『ロ――の!』  運営の逃げる手段は完全になくなっていた。魔法の効果もあり世論の声がその日の内にとんでもなく大きくなってしまい世界が見過ごすわけにはいかないと判断したのだ。そして各国の主要な軍が即座に動き出しこの島を包囲したのである。  そしてこれにより、サバイバルロスト運営と主催者及びそれに関わってきた者全ての命運は尽き果てることとなった――
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