第四十一話 それは田中だった

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第四十一話 それは田中だった

「はい、それで、あの後確かに警察に連行されたんですが、はい、不起訴になってしまい……というかなんで私、今正座させられてるんですか?」 「自分の胸に聞いてみなさいよ」  腕を組み仁王立ち状態の鈴木が言う。 「全く、反省もせず女生徒にいかがわしい真似するなんてとんでもないですわ!」 「待って待って! なにそれ! ただ挨拶と自己紹介しただけなのに!」    金剛寺も話に加わり説教を始めたが田中としては普通に接していたつもりなので踏んだり蹴ったりである。  そう、新しく入ったという警備員兼ヘルパー、正確にはスクールヘルパーらしいが、その正体はデスホテルの死配人で当時はDeathを名乗っていた田中 太郎だった。  そして田中は登校してきた生徒に随分と気味悪がられており、その様子から海渡たちにすぐさま連行され学校の裏で正座してもらっているわけだ。  しかし、田中は特にやましい意味はないと主張する。 「怪しいのよ。前が前なんだから」 「そ、それは本当に反省してるんですよ! 本当今思えば何であんな馬鹿したのか! 折角つくった建物も自爆させちゃうし! 借金しか増えなかったよ!」 「後の祭りだな」  そもそもそんなことはやる前に気がつけよという話だが。 「それにしても本当にこの幸薄そうな男が、デスゲームなんて開催していたんですの? しかもアカオの元の飼い主だと言うし」 「ガウ……」  金剛寺は何か非常に残念な物を見るような目を田中に向けていた。アカオも困った顔を見せている。 「飼い主と言ってもレンタルだったらしいから、本当の飼い主ではないよね」  海渡が補足した。確かにそこまで長い期間一緒にいたわけでもなさそうなので飼い主というには微妙なところだろう。 「いやいや、レンタルと言ってもちゃんと世話はしてましたよ。でもその獅子、餌代がシャレにならないんですよ! A5ランクの肉しか食べないし!」 「そんなことはありませんわ。アカオは国産の天然ものであれば、本マグロの大トロもウニやアワビも大好物ですわよ」 「ガオッ!」 「え! そうだったの!」 「いや、だとしても高級食材なことに変わりはないな……」  他にもフォアグラやキャビアも食べるらしい。海渡は安易に飼うなんて言わないで良かったと思った。餌代で家計が火の車になるのは間違いない。 「でも、不起訴になってよかったですね」 「それが全然良くないんですよ……不起訴になって外に放り出されたと思ったら何か変な黒っぽい連中に襲われるし! もう命がいくつあってもたりないですよ! 銃で撃たれるわ、部屋が爆破されるわ! ガキ大将っぽいのに、このバットの殴り心地を試させろと追いかけ回されるわ!」 「最後のだけ毛色が違い過ぎだろ」  杉崎が半眼でツッコむ。とは言えバットで追いかけ回されるのは勘弁願いたいところだろう。 「多分、私が不起訴になったのもそいつらが手を回したからなんですよ! 何か凄く怪しかったし! きっとコードネームが酒っぽい名前のヤバい連中ですよ!」 「何故かそれ聞くとあまりヤバくない気がしちゃうね」  理由はよくわからないが海渡はそんな気がした。 「それにしちゃ元気そうよねあんた」 「いや、まぁよくわからないんですが、捕まったり狙われたりしてもたまたまロープが緩かったり、たまたま抜け穴があったり、たまたまシートベルトが外れて車のドアが壊れて外に転げ落ちたりで助かっちゃうんですよねぇ」 「それもうたまたまのレベル超えてないか?」  田中が小首をひねりながら言う。ツッコミをいれた杉崎も呆れ顔だ。  どうやら田中は命が危ない目に何度も会ってるようだがいつもぎりぎりで難を逃れているようだ。 「悪運の強いやつだな」 「いやいや! 運は全然良くないんですよ! 毎日最低3回は犬の糞は踏むし借金のこともあるから何とか働こうかと思えば、折角採用されても散々いびられた挙げ句すぐに採用された会社が倒産したり、他にも実は詐欺のグループですぐに警察の手入れが入ったり、給料未払いのまま社長が夜逃げしたり!」  田中が涙ながらに語る。実はこれも海渡が彼の運を最低まで落とした結果だ。しかしこれだけ聞くと田中のせいで他の人間にまで不幸が及んでいる気がしてしまう、がそれは間違いだ。    犬の糞に関しては田中が踏んだからこそ他の誰かが踏むことがなく終わり、すぐに倒産した会社はとんでもないブラックな企業でありそのまま続いていたら社員が自殺しかねず、詐欺グループはある意味田中のおかげで検挙に繋がり、夜逃げした会社は田中が採用されたからこそ他の誰かが未払いのまま泣き寝入りせず済んだ。  部屋も爆破されているがこれも怪我人がいない上、元々違法建築の建物だったためこれをきっかけに世間に知られる事となり、バットで追いかけ回した少年は田中の痛がる姿を見てバットで人を殴ってはいけないと悟り、そしてバットはボールを打つためのものだと気がついたのである。 「おまけに財布は落とすしその上見てください! 髪が、髪が完全に抜け落ちたんです! こんなのってあんまりですよね!」  田中が警備員の帽子を脱ぎ去り、頭を指差して訴えた。さらけ出された頭は確かに髪の毛一本残っていない。 「少なくても中途半端に残っていたよりは今の方がいいと思うぞ」 「うん、私もそう思うな」 「確かにそこはむしろさっぱりしたわね」  必死に髪の悲劇を訴える田中だが概ね今の坊主頭の方がマシという判断だった。 「えぇ~そうかなぁ。まいったなぁ海外の渋い俳優みたいだなんてぇ」 「誰もそこまで言ってませんわ」  金剛寺がすっと目を細める。どうにも田中は調子に乗りやすい質なようだ。 「凄くポジティブだね」 「ガウ」 「明るいだけが取り柄なので」 「まぁ確かにDeathを名乗っている時はやかましかったな」  田中を見下ろし語る杉崎。そして更に語りかける。 「それにしても何でこの学校に?」 「はい。それが道で行き倒れになっていたところをこの学校の校長に声をかけてもらって」 「今どき行き倒れなんてそう聞かないわね……」  鈴木は、いっそ哀れだ、という目で田中を見ていた。 「でも捨てる髪あれば拾う神ありですね」 「密かにこいつ神に髪をかけやがったな」 「そういうところが少し鼻につくよね」  そこに気がつく辺り流石杉崎は鋭い。そして海渡もやれやれといった様子を見せる。 「と、とにかく校長が困っているなら働かないか ? と持ちかけてくれたんですよ。何でもこのご時世に体育教師が毎朝竹刀持って立っていても問題だし、色々雑用ごとが溜まってるから警備員兼スクールヘルパーとして雇ってくれると!」 「竹刀は本当今更だけどな……」 「逆によく今まで問題にならなかったよね」  杉崎と花咲の言うことももっともか。とは言え、皇帝の遊戯の初期対応が良かったと評価されたこともあり、この時期に竹刀と体育教師はまずいと思ったのかもしれない。 「条件が凄くいいんですよ! 何せ学校に住み込みで食事も学食の余りで良ければ提供してくれるって言うし、おまけに給料として60万円もくれるって言うんですよ!」 「は?」  この発言には杉崎も驚きを隠せない。鈴木も信じられないと言った目を向けていた。 「60万円なんて凄く太っ腹ですね」 「本当だね。みんなそれぐらいもらってるのかな?」  佐藤と花咲が感心したように言った。だが杉崎は首を左右に振り。 「いやいやありえねぇだろ。そんなに貰ってたら矢田先生だって鬼瓦になんて奢ってもらおうとか考えないだろう?」  それはそれで鬼瓦にとっては失礼な話だが、とは言え確かにこれは高い。 「何かおかしいですの? 月60万円程度普通ではなくって?」 「金剛寺、それ、あまり外では言わないほうがいいぞ……」    杉崎が注意するも金剛寺は小首をかしげていた。流石は棚ぼた企業と噂されてるとは言え金剛寺グループという財閥のお嬢様だけあって世間とは大分感覚がずれているようだ。 「う~ん、でも確かにちょっと高すぎな気がするね。まちがってないの?」 「まちがってなんていませんよ! ほら! この通り契約書にもしっかり!」  海渡に疑いの目を向けられ、懐から契約書を取り出す田中である。それを杉崎が取り、全員で確認した。正直契約書なんてそう簡単に見せていいのかといったところだがこのあたりが田中である。 「……ふむ、確かに60万だな」 「そうでしょう~私が見間違うわけないじゃないですか~」 「うん、確かに60万だね。ただし年でだけど」 「……はい?」  田中がキョトン顔で疑問の声を上げる。 「プッ、本当だこれ年収で60万円じゃない!」 「月収と年収を見間違えたんだねぇ」  鈴木が吹き出し、花咲もあらら~と言った顔を見せる。 「ちょ、ちょっと待って! 年収60万円ってじゃあ月収いくら!」 「ご、5万円ですね」 「ぐぼっ!」  佐藤が答えると田中が胸を押さえてよろめいた。リアクションが大きい。 「そんな! 私の年収、低すぎ!? 聞いてないよ!」 「と言っても契約書に書いてるしね」  海渡が契約書を眺めながら言う。 「それに、低いと言ってもよく考えたら学校に住み込みだから家賃はタダで光熱費もタダ、おまけに食事も3食つくならこんなもんかもな」 「そう考えると寧ろ破格な条件ね」  杉崎と鈴木も得心が言ったという様子だ。だが田中は別だった。 「どこがですか! 5万円じゃ養育費支払ったらもう殆ど残らないですよ!」 「ほとんどってことは少しは残るってことだね」  田中はぐちぐち文句を言っているが、残ったお金は自由に使えるわけだし問題ないなと海渡は思った。 「うぅ、やっぱり不幸だ……」    地面に両手両足を付けてうなだれる田中。しかし元はと言えば安易にデスゲームなんかを行うから悪いのだが。 「ところで、ちょっと聞きたいんだけどさ」  さて、話が落ち着いたところで海渡が田中の前にたち、質問を始めたわけだが。 「もしかして田中 真弓という中学生の娘さんがいたりする?」
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