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第五話 次元収納
生徒にはめられた首輪型爆弾が全て外された。あっというまの出来事だった。軍服男は脳の処理がおいつかない状態だろう。
海渡が行使したのは異世界で会得した次元収納という魔法だった。時空魔法の一種であり指定した物を次元に作成したボックスへと放り込む。容量に際限はない。
これも本来は容量に制限もあるし、取り込む範囲も手を触れた物のみだったり熟練したものでも視界に入れていなければ収納不可だったりなのだが、今の海渡であれば自分が認識したものであれば距離が離れていても収納可能である。
「首輪が取れてる!」
「もう爆発する心配はないのね!」
「やった! 俺たち解放されたんだ!」
「ま、マジかよ。折角好き勝手出来ると思ったのに……」
首に巻かれた爆弾が処理されたことで、多くの生徒が歓喜した。極一部残念がっているのもいるようだが。
「お前、マジかよ……」
「た、助かったのか? こんなに一瞬で?」
杉崎と虎島も安堵はしているようだったが、海渡のわけのわからない能力への戸惑いも感じられた。
「す、すごいよ海渡くん!」
「やった海渡! ありがとう!」
海渡の背中からは佐藤委員長のお礼の声が聞こえた。更に鈴木が駆け寄ってきて海渡を抱きしめる。柔らかな2つの感触を海渡はその背中に感じた。
「ちょ、スズちゃん!」
「え? あぁつい、でも、大事な委員長を救ってくれたし、抱きしめたくもなるよ」
佐藤が叱るように声を上げると、鈴木が笑顔で彼女に反応した。それだけ嬉しかったということだろう。一方海渡は悪い気はしていなかった。美少女に抱きしめられて嫌な男はいないだろう。
「てめぇえらいい加減にしやがれーーーー!」
軍服男が吠えた。海渡が視線を彼に向けると、ふぅふぅ、と軍服男が息を荒ぶらせて鬼のような形相で生徒たちを見ている。
「わかってんのかコラァ! これはデスゲームだぞ! それなのに和気あいあいとしやがって! お前らはこれから仲良く殺し合うんだよ! これはそういうゲームだ!」
「いや、そういうのいいんで」
「プッ――」
軍服男が怒鳴り散らすも海渡はそんなものどこ吹く風と手を振って軽く答えた。その姿に杉崎が思わず吹き出す。
「全く、大した奴だ。こいつをここまでコケにするんだからな」
虎島の顔にも笑顔が戻った。もはやこのクラスに軍服の男を怖がるものは誰一人としていない。
「おまえら、忘れてるんじゃないだろうな!」
だが、軍服男は今度はテレビを付けてみせた。そこには捕らえられた半裸の先生の姿。
「おいお前ら聞こえてるか!」
『は、はい軍曹! 聞こえてますが、何故かこの女の首輪が消えたんですが?』
画面の向こうで戸惑った顔の兵士が答えた。どうやらこの男、階級は軍曹だったようだ。
『おいコラ! これは何の真似よ! こんな姿で人を椅子に縛り付けて、やったやつ絶対ぶっ飛ばす!』
すると画面の向こうで矢田先生が瞳を尖らせ、縛られたまま体を激しく揺さぶり男たちに文句を言っていた。どうやら気がついたようだが、こんな状況にも関わらずなんとも逞しい。
『うるせぇテメェ状況わかってんのか! 軍曹もうこいつ犯しちゃっていいっすか?』
『は? ふ、ふざけるな! 何言ってんだお前ら!』
今度はそんなやり取りが画面の向こうでなされた。矢田先生も銃口を突きつけられ流石に状況が掴めてきたのか顔に動揺が見られる。
「それは後だ。信じられない話だが、いま少々妙なことになっていてな。よし、お前ら大人しくしろ! この教師はここから離れた場所にいる。お前が何者か知らんがこれではどうしようもないだろう!」
「ちょっと行ってくる」
「は?」
「え?」
勝ち誇った顔で語る軍曹。しかしその話が終わった瞬間、海渡の姿が消えた。軍曹もギョッとした顔を見せ。
「な、ど、どこに行きや――」
『は? な、何だお前! 一体どこから!』
『先生を助けに来た』
『ふざけるな! ぶっ殺せ!』
そんな会話の直後画面の向こう側から激しい銃声が響き渡る。だが、それもすぐに収まり、画面の奥では天井や壁、そして床にめり込んだり突き刺さったりした兵士と矢田先生の拘束を解く海渡の姿。
そして海渡は解放した先生をつれて画面の中から消え失せ、かと思えば数秒後にはまた元の教室に戻ってきていた。あまりに早い救出劇である。
だが、この程度は海渡にとっては余裕だった。海渡は周囲の状況を把握できる感知魔法の使い手であるし時空魔法には瞬時に移動できる転移魔法も存在する。
「助けてきた。あ、あとその間にこの建物にいる怪しい連中は全員ぶっ飛ばしておいたから」
「あ、が、は、ぎ、げ、ご――」
軍曹はもはや言葉を失っていた。顎が外れたかと思うほどに口を開き鼻水は垂れ、瞬きすら忘れて立ちすくんでいた。
「ちょ、ちょっと、これは一体どういう状況なのよ?」
「俺もよくわからないけど、デスゲームに巻き込まれたらしいね」
助け出された先生も状況が掴めていない様子だった。瞳をパチクリさせながら問いかけ海渡が答える。
「は? デスゲーム? え、でも、みんな元気そうね……」
「海渡くんが助けてくれたんです」
「あぁ、何か無茶苦茶な奴だが、俺たちの英雄だよ海渡は」
英雄と言われてどこかこそばゆい気持ちもする海渡である。
「いや、しかし流石にその格好は目に毒だな……」
それから虎島が矢田先生から目を背けて照れくさそうに言った。それにより男子たちから、うぉおおぉお! という声が漏れ、矢田先生も顔を真赤にさせて体を隠す。
「や、やだ、そういえば服が! お、おい何とかならんのかこれ!」
先生が何故か海渡に向かって叫んだ。本能的に彼なら何とかしてくれると思ったのかもしれない。
「個人的にはその姿も眼福でいいんだけどなぁ」
「ふざけるな! 殴るぞ!」
「はいはい。じゃあ、よっと」
海渡が手をかざすとあっさりと先生の服が戻され、元のスーツ姿となった。結果、主に男子生徒から溜息が漏れる。
「ま、まさか服を着た状態に戻るとはな……」
「ついでに綺麗にしておきました」
「は? え、と、そういえば洗濯した後みたいに綺麗だけど……なんか、色々悪いな」
照れくさそうに矢田先生がお礼を述べる。今海渡が使用したのはクリーンの魔法である。掛けた物を綺麗にする魔法であり異世界では生活魔法とされる物の一つであった。もっとも本来はちょっとした汚れを落とす程度の魔法である。
しかし海渡が使用すれば一流のクリーニング店が最新の設備を使用して洗濯したかのように綺麗になる。
「おい! 早く無線に出ろ! ここに妙なガキがいるんだ!」
生徒や先生とでやり取りしている間、軍曹は耳に手を当て必死に誰かへ呼びかけていた。恐らく校内にいた兵士なのだろう。耳に無線が仕込まれているようだ。
「だから無駄だって。全員ぶっ飛ばしたから」
「先生本当なの?」
「いや、確かに何か凄い早送りを見てるみたいに兵士がぶっ飛ばされていくのが見えたけど……」
どうやら矢田先生にも現実感が沸かないようだ。転移しながら高速で兵士をぶっ飛ばしていればそうもなるというものだろう。
「あ、ありえん! ここに控えていたのは元特殊部隊所属であったり工作員の経験もあるような戦闘のプロばかりだぞ! 最近まで現役の傭兵として戦争に参加していたのだっている!」
「それにしては大したことなかったけどね」
驚愕の表情で叫ぶ軍曹に海渡があっさりと答えた。異世界には冒険者ギルドというものが存在した。ランクは最低がFで最高がSやその上のSSSまで存在したが軍曹が言うところの戦闘のプロは冒険者で言えばEランク程度でしかなかった。
そんな馬鹿なと思われそうだが、異世界では最初に海渡に絡んできてあっさり返り討ちにあったDランク冒険者でも岩を片手で砕ける程度の腕は持っている。
そう考えたら自称戦闘のプロ達など海渡からすれば子どもみたいなものだ。
「く、く、く、クソがぁあああ! なめるなよがきぃいいい!」
すると、軍曹がナイフを取り出し、海渡へと突っかかってきた。だが、慌てることなく海渡は自ら前に出て軍曹を迎え撃つ。
「俺はシステマを極めた男だ! このナイフだって運営が独自に開発した最強のナイフ! 接近戦において貴様のような高校生に負けるわけがない!」
軍曹が距離を詰め、コンパクトな構えをとりノーモーションでナイフを繰り出した。全く隙の感じられない最速の突き。狙いは喉。これで決まる! そう確信した軍曹だったが。
「いや、銃で無駄ならナイフじゃもっと無理だろ」
軍曹のナイフが海渡の喉に届くことはなかった。何故なら海渡が人差し指を立てただけでナイフの推進力は完全に失われ、指に先端が触れた状態でピタリと動きが止まったからである。
「そん、な、こんなガキに、グギギギギッギギイイィ!」
軍曹が必死にナイフを押し込もうとする。顔はもう真っ赤だった。何故だと頭に疑問符が大量に湧く。このナイフはサバイバルロストを仕切る運営の手で作成された特殊な代物だ。
切れ味がとてつもなく鋭く、ダイヤモンドでさえ軽く押し込めば貫通し、豆腐のように切り分ける事もできる。それほどの代物なのに、たかが高校生の人差し指が貫けない。
「こんな危ないもの、持たせておくわけにもいかないいよね。フッ!」
海渡は軍曹が必死に力を込めているナイフに息を吹きかけた。その瞬間、ナイフの刃が消え失せた。
軍曹の目が見開かれ、柄だけになったナイフを持つ手がプルプルと震えていた。
軍曹の持つナイフは特殊な加工が施されたナイフだった。使っている素材も地球上で考えうる最高のものを使用している。
だが、そんなものは何の意味もなさない。何故なら海渡が過ごしてきた異世界にはアダマンタイトやミスリルなど、地球では見られず神話にしか存在しないような金属がゴロゴロしておりそのどれもが地球上て作られる金属よりはるかに頑丈で強靭なのである。
しかし、今の海渡はそれらの伝説級の金属であっても素手で軽々破壊できる程に強い。そんな海渡からしてみれば軍曹が所持していたナイフなど紙切れにも等しい代物であり、息を軽く吹きかけるだけで原子レベルで破壊できてしまう。
「あ、あ、あ、そ、そんな――グボォオオォオオ!」
後ずさる軍曹にスタスタと近づき、海渡が腹に膝を叩き込んだ。死ぬほど手加減しての一撃だったが軍曹の体はゴムまりのように吹き飛び天井に叩きつけられた後、床に落下しピクピクと痙攣しそして意識を失った――
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