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第六話 狙撃
「このっ! このっ! このッ!」
気絶して倒れた軍曹を仕切りに蹴り続けているのは矢田先生だった。半裸にされて捕縛されていたことに余程、腹を立てていたのだろう。
「先生、中々容赦ないね」
「当たり前よ! こいつら私をこんな目に合わせて思い出したら腹が立ってきた! なんならあの場にいた全員連れてきてほしいわよ。纏めて金玉ふみ砕いてやる!」
そう矢田先生が叫んだ直後、軍曹の股間からグチャッと言う音が聞こえた。周囲の男子生徒が思わず股間を押さえる。
「ところでこれからどうする?」
「無事帰れるのかしら?」
「修学旅行どうなるんだ?」
「いや、流石にそれを気にしている場合じゃないだろう」
周囲の生徒が口々にそんなことを話しだした。海渡のおかげで意味のわからないデスゲームに巻き込まれる心配はなくなったのだし、当然今後のことが気になるのだろうが。
「あの、海渡くん。その、私達を無事に送り届けたりは、流石に、できないかな?」
ふと佐藤委員長が海渡にたずねてきた。ここまであまりに人間離れしたことをやってのけた海渡だけに、もしかしたらそんなことも可能なのでは? と思ったのだろうが。
「いや、流石にそれは無理じゃないか?」
「う~んやろうと思えば出来るけど」
「て、出来るのかよ!」
苦笑気味に無茶だろと語った虎島だったが、その後の海渡の反応に盛大にツッコミを入れた。
「先生を助けたのと同じ方法で出来る。でも、こいつら放っておいたら結局面倒なことになりそうだな」
「それはたしかにな。この手の組織は巨大だろうしここで無事帰れたとしても、組織も面子が立たないだろうしな。それに折角ここまで追い詰めたなら俺はこの薄汚い連中のやってきたことの罪を精算させたい」
「杉ちゃん……」
杉崎が苦々しい顔で語る。どうやら何かこのデスゲームや運営している連中に思うところがあるのかもしれないな、と海渡は判断する。
「ま、それならとりあえずこいつから話を聞くか」
「でもそいつ完全に気を失ってるよね?」
鈴木が軍曹の顔を覗き見ながら言った。確かに白目を向き泡も吹き、全身もぼろぼろだ。金玉も潰されている。
「ま、起こすよ」
そして海渡は軍曹の頭を持ち上げて高速でスパパパパパパァァアアアン! と平手打ちを連射した。気持ち良いほどの快音が教室に響き渡る。
「が、あ、き、貴様……」
「あ、起きた起きた。あのさ、ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど?」
「ふ、ふざけるなカスどもが。ゴミの分際でこんな真似してただで済むと――」
「誰がゴミだこの野郎!」
「立場を考えて物言えよ!」
「こんなゲームに巻き込みやがってクソが!」
「死ね! 百回死ね!」
「あんたのせいで皆の前で、も、漏らしたのよこっちは!」
軍曹の言動によっぽど腹が立ったのかクラスの何人かがやってきてタコ殴りにした。漏らしたと言っている令嬢のことは少しは気になったが、海渡は特に止めたりしない。
「あ、が、い、ひ、ぎぃ……」
「ちょ、ちょっとやりすぎたかな?」
死んでこそいないが軍曹は生徒と先生による報復でぼろぼろになっていた。歯も折れているし口も切れて顎も砕けたようだ。これではまともにしゃべれない。
「仕方ないから少し回復してあげよう」
そういった海渡の手から光が溢れ、軍曹の傷が喋られる程度まで回復した。ただし痛みは完全にのこしている。異世界で長く過ごした海渡は回復魔法に関しても完璧だった。腕が切れようが脚が飛ぼうが海渡なら元通りに回復できる。
「それで、この悪趣味なゲームを計画したり運営しているやつのことが知りたいんだけど?」
「ぐぅ、いてぇ、クソが。そんなもの聞いたところでもう遅い。お前らは決して手を出してはいけない連中に喧嘩を売ったんだ。まもなく奴らも動き出すだろう。カカッ、俺もきっと消されるだろうが貴様らも終わりだ。いや、お前らだけじゃない家族や親族に至るまで全員消されるぞ。震えて待っているがいい」
「何だこれハッタリか?」
生徒の一人が訝しげに口にする。だが、軍曹は不敵に笑うだけだった。
「海渡、これをどう思う?」
「多分、それなりに本当かな? 実際今も何かこのおっさん狙われているようだし」
「「「「「「「「は?」」」」」」」」
生徒の声が揃う。そんな中、海渡は一人窓の向こう側に視線を向けていたわけだが――
◇◆◇
「これは一体どういうことだ?」
「わかりません。ただこちらから確認できる限りでは軍曹があの生徒たちに捕らえられた模様です」
「他の兵はどうした?」
「それが全く連絡がとれないのです」
「ふむ……」
教室にいた軍曹と同じように、廃校が一望出来る丘の上には軍服を着た無数の兵が待機していた。
そして、その中で指揮を執るのはサバイバルロストを進める上で配置された兵たちを取りまとめる指揮官の男であり階級は大佐であった。
かつては多くの戦争で戦果を上げた腕利きの軍人でもある。だが同時により多くの相手を殺すことに情熱を燃やす狂気もその内側に秘めており、それ故にこの狂気的なゲームの指揮官として選ばれたわけである。
「これからどう致しましょうか?」
「当然捨て置けはしない。あの連中は全員抹殺。そのうえで見せしめとして血縁者を洗い出し皆殺しにする」
そう語る大佐の表情はとても嬉しそうであった。
「だがその前に今すぐにでも処罰を下す必要のある男がいる」
「それは?」
「軍曹だ。全く、高校生程度に遅れを取るとは軍人の風上にもおけない奴だ。今すぐ貴様の狙撃銃で頭に風穴をあけてやれ」
「イエッサ!」
元気よく答えた兵の一人が狙撃の準備に入る。そんな中、大佐の隣りにいた兵が尋ねた。
「しかし、本当に宜しいのですか? 奴は長いことこのゲームの進行役を務め続けた男ですが」
「だからだよ。軍曹は情報を知りすぎている。それが奴の口から漏れたら少々面倒だ。勿論、その程度のことで揺らぐ上ではないが面倒事は少ないにこしたことはない」
サバイバルロストを主催する運営は世界中に拠点を持ち同時に数多くの有力者と太いパイプを築き上げている。故に多少情報が漏れたところでいくらでももみ消せるのである。
とは言え、この程度のことで遅れを取るような者を生かしておく理由もない。代わりはいくらでもいる。
そして、狙撃の準備が整ったようであり、狙撃手が照準を定め、そして軍曹の頭をしっかり見据え風向きなども計算し――引き金を引いた。これで終わりだ。後は軍曹の頭蓋に風穴が出来上がり、それを見ていた生徒たちが悲鳴を上げ慌てふためく姿をスコープ越しに覗き見るだけ、の筈だったのだが。
「どうだ? やったか?」
「あ、いえ、その……」
「うん? どうした?」
「いえ、申し訳ありません……その、殺れませんでし――」
男が全てを語ることはなかった。何故なら大佐が銃を抜き男の頭を逆に撃ち抜いたからである。
「無能が。次だ。お前、確か射撃で過去に世界大会でメダルを取ったんだったな」
「はい」
「なら狙撃にも自信があるはずだな。やれ」
「わかりました」
目の前で仲間が始末されたにも関わらず彼は動じることなく狙撃の体勢に入るが。
「……大佐。妙な少年が間に入ってしまってます。これでは軍曹が狙えません」
「何?」
大佐は双眼鏡を取り出し校舎の窓を見た。確かにそこには一人の少年が立っていたわけだが。
「構わん。だったら先ずあのガキを殺せ」
「イエッサ!」
そして男の指に力が入り、乾いた音が空高くまで響き渡る。
「やったな?」
ニャリと笑みをこぼし、大佐が尋ねる。だが、狙撃手は目を見開いたまま。
「た、ターゲットに命中せず。まだ立っております」
即座に大佐が銃を抜くがその手を隣の男が止めた。
「待ってください大佐。流石にそれはおかしい」
「何だと? 貴様、無能を生かしておけとでもいうつもりか!」
「いえ、そっちではなく、当たらないことです。最初のはともかく、二度も外すなんて」
「しかし、実際に当たらなかったであろうが!」
「だとしても、その男はうちで一番のスナイパー。そいつに無理ならどうしようもない」
「むぅ……」
大佐が銃をおろし、青ざめた顔を見せる狙撃手に声をかけた。
「わかった。もう一度チャンスをやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「次は外すなよ」
「は、はい!」
そして狙いを定めた狙撃手の手で再び銃声がこだまする。
「やったか?」
「や、やれませんでした……」
クワッ! と目を見開き大佐が銃を抜くもまた隣の男が止めた。
「何故邪魔をする!」
「いやいや、おかしいですおかしいです! そんな馬鹿な!」
流石に3発も外すのはありえないと思ったのだろう。だが、大佐は納得しておらず。
「もういい! 全弾使ってでも片付けろ!」
「い、イエッサーーーー!」
そしてその後、乾いた銃声が重畳するように辺りに響き渡る。だがやはり誰も倒れない。狙撃手にはもはや意味がわからなかった。
狙いが外れているなどということはありえないはずだった。何故ならしっかり窓ガラスは割れているからだ。しかも割れた位置で考えれば一つも当たらないなんてありえない。
しかも信じられないことにスコープ越しに見ている狙撃手のことをターゲットもずっと見続けていた。まるで狙撃している位置がわかっているかのように。
だがありえないことだ。ここから校舎までは3km以上離れている上、途中には草や木が生い茂っている。彼らはその中の僅かな隙間を利用して狙撃しているのだ。この条件で狙撃が成立するのは運営から与えられた最新式の銃と彼らの腕があってからこそ。
そのような条件の中、並の高校生が狙撃している位置に気づけるわけもない。
だがしかし、狙撃した弾丸が命中していないことは事実なのである。
「ぜ、全弾使い切りました。こ、高校生を全く殺すことが出来ません!」
「は、はぁ? 何を言っている、き、貴様本当に死にたいのか!」
大佐の表情が曇る。狙撃手の額にも汗が滲んだ。その時だった、無線に通信が入り、大佐の耳にはめられたイヤホンから声が聞こえてくる。
『あ、あ~こちらデスゲームに巻き込まれた生徒代表の海渡。聞こえてるかい? さっきから銃撃がうざったいんだけど、いい加減無駄だからやめてくれない?』
それはスコープ越しに海渡を見ていた狙撃手にも聞こえた声だった。そしてスコープを通して見ていた少年が握っていた手を開くと、手の中からパラパラとライフルの弾丸が零れ落ちていくのだった――
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