第八話 お・は・な・し

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第八話 お・は・な・し

 サバイバルロストを運営する組織の資金は潤沢だ。これだけの非人道的なゲームを何年も続けていられるのだから当然それぐらいでなければ成り立たない。  故に運営が所持する兵器の数々はその量は勿論質も一級品だ。最新鋭の兵器が揃い陸海空ともに隙はない。運営のトップは大国とも渡り合える戦力を有していると自信満々に言い表すほどだ。  空から校舎に向かった武装ヘリにしても最新の型を更に改良し、毎秒500発の弾丸を発射するガトリングガンに発射後拡散し広範囲を殲滅する拡散ミサイルも搭載されている。  更に丘の上には自走式の多連装ロケット砲が並び一斉に砲撃を開始した。36連装のロケットシステムだ。それが一斉に発射されたのだ。  普通であればミサイルの一発も撃てばあんなボロボロの校舎、たやすく崩壊し中にいる人間などあっさり駆逐される。  それを考えたら過剰戦力にも思えたが何せこのようなことは前例にない。正直殲滅の作戦も形骸的なものであり、実際は機能していなかった。賭けに興じる客を愉しませるだけの駒に過ぎない高校生に、一つの軍隊と言える運営の精鋭部隊が本気で対策に乗り出すことがあるなど誰一人として考えていなかったのである。  しかし、今まさにその例外がやってきた。スナイパーの狙撃すら片手で防いでしまう相手だ。大佐はそれを強化装甲によるものと判断したがいくら強化装甲でもこれだけのミサイルやガトリングガンからの連射を受ければ一溜りもないだろうと高をくくっていた。  おかげで掛かった費用で言えば今回は完全に赤字だろう。上にどう報告したものか、それだけが悩みのタネ、そう思っていたのだが。 「な、何だこれは、一体どうなってるんだ! せ、説明しろ!」 「そんな、こんなの説明がつきませんよ! ミサイルもガトリングガンによる攻撃も全く校舎に損害を与えていないのですから!」 「く、くそ! ナパーム弾を使え! 校舎ごと焼き払え!」  大佐の命令でミサイルがナパーム式に切り替わった。ただのナパームではなくミサイルの着弾と同時に周囲を6000度の炎で焼き尽くすという極悪兵器である。  これにより校舎の周りの森はあっという間に焼き尽くされたが、奇妙なことに校舎だけは無事であり全くの無傷であった。それでもナパーム弾の効果で酸素が急激に奪われるため、例え炎からは身を守れても窒息で死ぬだろうと判断したが双眼鏡で確認したが全く変化なく元気な様子であった。 「大佐、これでは埒が明きません!」 「くそ、いいから攻撃を続けろ! こっちにはまだまだ余裕があるんだ! 何をしたか知らんがどんなものでも何れ壊れる!」  もしかしたら特殊な防弾ガラスをいつの間にか張り巡らせていたのかもしれない、などと大佐は考えた。普通に考えたらこの短期間でそこまですることなど不可能だが、目の前で起きていることが余りに非現実的過ぎるので無理矢理でも自分を納得させる理由が欲しかったのだ。  だが、そんな大佐の考えをあっさり打ち砕くように攻撃を続けていた武装ヘリや自走式多段ロケット砲が全て破壊された。一瞬の出来事だった。何が起きたのかなどわかるよしもなかった。  大佐の目の前で主要な兵器が全て破壊された。ただそれだけが紛れもないリアルだった。 「報告致します。島に存在する全ての兵器が、は、破壊されました!」 「そ、そんなものは見ればわかる馬鹿もんが!」  兵たちに怒鳴り散らす大佐だが、明らかに先程までの余裕はなくなっていた。表情にも焦りが見える。色々な考えが頭の中でぐちゃぐちゃに飛び交っていた。  こんな事態、これ以上どう報告すればいいのか。責任を取らされるのか。それ以前に相手が一体何者なのか、これから軍をどう動かすか。引き上げるか、いや、しかし高校生相手にここまでされて何もせず引き下がっては立場が危うい。  どうするどうするどうする―― 「ちょっといいかな?」 「は?」  その時、若い少年の声が大佐の耳に飛び込んできた。振り返るとそこには、先程まで校舎の窓際に立っていたあの高校生の姿があった。海渡だった。 「き、貴様! 一体いつの間に!」 「転移で」 「はぁ!?」 「ま、言っても理解できないだろうからそれはいいや。とりあえずここで一番偉いのはあんたかな? まぁとは言っても外にはもっと権力もったのがいるのかもだけど――」 「な、何をやっている! 今すぐこのガキを殺せ!」 「「「「「イエッサー!」」」」」  大佐の命令で周囲の兵がアサルトライフルを構え問答無用で引き金を引いた。    断続する音が森中に響き渡る。弾丸の雨が海渡に降り注ぐ。だが、海渡は全く動じない。一歩も動かない。しかし、海渡は無事だった。かすり傷一つ負っておらず、銃撃が収まった後彼の手から全ての弾丸がこぼれ落ちるだけだった。 「もういい加減気づきなよ。こういうの弾の無駄だから」  なんともやる気のなさそうな声で海渡が言った。なんなら欠伸までして見せるほどの余裕がある。  だがその実力はあまりに驚異的だ。事実得体のしれない目の前の少年に大の大人、しかも百戦錬磨の軍人たちが尻込みしている。武器を構えている方の兵士たちが徐々に後ずさりしている程だ。 「お、お前ら何をしている攻撃を続け――」  その時だった。やる気のなさそうな海渡の目が鋭く光り、かと思えば囲んでいた兵士がドサドサと倒れていった。大佐にしても膝に力が入らず地面に両膝をつけた状態で固まっている。  兵士たちは口から泡を吹き、股間がジメッと濡れていた。意識は完全に消失している。  海渡が行った威圧の効果だ。既に海渡は自ら手を出さなくても殺気だけでこの程度の相手は無効化出来る力を得ている。異世界では一体で都市を壊滅できるとされた巨人の兵団すら威圧で軽々と屈服させたほどだ。たかが軍人如きが耐えられるわけもない。    気を失った兵士たちはこれでしばらく目覚めることはないだろう。そして例え目が覚めたとしてももう脅威になることはない。海渡の威圧で植え付けられた恐怖心は精神の根幹にまですり込まれた。二度とそれから逃れられることはない。連中は今後一生得体の知れない何かに怯えながら生きることとなり銃を握ることなど今後一生無いだろう。 「あんただけはとりあえず意識を残しておいた。お話がしたかったからね。それで、この悪趣味なゲームを行ってる連中はどこにいるの?」 「……ば、馬鹿め。この島を監視しているのが俺だけだと思ったか? 私は大佐だが、上には総監がいる。島の兵力を排除してもその外までは無理だろう。はは、既にスイッチは押した。控えている空母から核ミサイルが発射されこの島ごと消える」 「その空母ってあのあたりにいるやつのことか?」 「は?」  海渡が指差した方から轟音が響き渡り極大の紫色の火柱が上がった。遠目からでもはっきりわかるほどに強烈な輝きを放つ炎だった。大佐の目が驚愕に染まる。  驚くべきは炎だけではなかった。空母が控えていたであろうその上空にアメジストのように輝く鱗を備えた巨大な竜が現出していたのである。 『悪いなヘルバーン』 『ふむ、その気配やはり勇者か。随分と子どもっぽくなったようだな』 『あぁ色々あってね』 『そうか。しかし実力は全く衰えておらぬようだ。我をこのような星にまで召喚するとは恐れ入ったぞ。とは言え、お主は元の世界に戻り平和に暮らしていると聞いていたのだがな』  海渡が念話でお礼を述べそれから色々話して見せる。竜は海渡が呼び出したものであった。滅炎竜ヘルバーン。それがその竜の名であり海渡に惚れ込み自ら眷属となった竜でもある。伝説の竜であり地獄をも軽く焼き払う紫滅の息吹を得意としていた。 『俺もそう思っていたんだけど厄介事に巻き込まれてね』 『カカカカッ、なるほどなるほど。全く勇者らしいな。きっとそのような星の下に生まれてきたのだろう』 『勘弁してほしいんだけどな俺はもう平穏に暮らしたい』 『お主がそう思っても運命が厄介事を引き込むのかもしれんぞ』  勝手なことを、と海渡が苦笑する。 『しかし、ここが噂に聞く地球か。ふむなんとも焼き尽くし甲斐のありそうな世界ではないか。さっきの妙な船は全く焼きごたえがなかったがな』 『流石に地球を焼かれるのは勘弁かな』 『カカッ、冗談である。だが、面白そうな場所でもあるな。ところで他には何かあるか?』 『いやもう大丈夫だよ。ありがとう』 『ふむ、少し物足りないが、まぁまた何か我に滅して欲しいものがあったら呼ぶが良い。では達者でな!』  そしてヘルバーンは開いたゲートを潜り元の世界に戻っていった。ちなみにヘルバーンの炎で核ミサイルも爆発するまもなく焼き尽くされている。 「さてと、これであんたが言ってた手も使えなくなったな。いい加減観念して――」 「イヒッ、エヘッ、アヒャヒャヒャヒャヒャ――」  大佐に目を向けると、涎を撒き散らし奇声を上げて転げ回る無様なおっさんの姿があった。 「う~ん、壊れちゃったのか。ま、それならそれでいいか」  別にやろうと思えば治療も可能だが、こんな男にそんなことをする気も起きなかった。それに放っておいてもいずれは地獄を見る目にあう。  情報についてはわざわざ聞き出さなくてもどうにかする方法を有している。例えば鑑定眼の能力を使えば彼らがこれまで見たもの聞いたもの経験した物を覗き見ることも可能なのだ。 「うん、よしわかった」  そして海渡は一旦皆の元へ戻り、驚いていた杉崎にタブレット端末を手渡した。 「あれ? これは、俺が持ってきていた……」 「他にもパソコンとか色々奪ってきたから使えるものは使っていいよ」  そういった海渡の足もとには確かになにかの機材やらパソコンやらが置かれていた。しかも全て充電済みであり電波も届くようにしてあるしネットにも繋がる。 「いや使えってこれで一体何をしろと?」    すると虎島が海渡に問うが。 「杉崎ならきっとそれがわかるさ。とにかくしばらくそれに注目しておいて。ちょっと行って繋げてくるから」 「え? お、おい海渡!」  杉崎が呼び止めるが、海渡はまた彼らの目の前から消え失せたのであった――
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