第一話 不思議なおばあさん

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第一話 不思議なおばあさん

「知ってるかい? 誰でも魔法使いになれる時間帯があるんだよ」  その人は双眸を輝かせ夢見るように言った。ハナミズキがその役目を終えてサツキが色鮮やかに咲き誇り、翡翠の風に揺れる頃。黄昏時の前、部活や特別な用事が無ければ生徒や学生は帰路に着く時間帯……。 (嘘だ! 何言ってるんだ? このおばあちゃん……大丈夫かなぁ? もしかして捜索願いとか出されてるんじゃぁ……)  正直なところ、内心ではそう思っていた。 「お前さん、今私に連絡先と名前が書かれたプレートがないか確認しただろ?」  おばあさんはそう言ってニヤリと笑った。参ったな私、思った事が顔に出やすいから……。 「いえ、そんな事は……ただ、その……こんなところで」  しどろもどろに言い訳してる自分が情けない。きっと目が泳いで、可愛くない顔が益々不細工になっているに違いない。私はいつもそうだ。今日だって…… 「私はね、御年八十歳だけどこの通りピンピンしてる」  そう言っておばあさんはかんらかんらと豪快に笑った。確かに、ほっそりとしてその年代にしては背が高いし、足腰もしっかりしてそうだ。白い半袖ポロシャツにインディゴブルーのデニムパンツが良く似合っている。それに姿勢がもの凄く良い。シャン、としていて。堂々てしていて、まるで太陽を見上げる向日葵みたいだ。  向日葵って別に、太陽を見上げて咲く訳じゃないんだけどさ。  傾きかけた陽に照らされた髪は、すっきりと後ろに一つにまとめてバレッタで留めている。バレッタはべっ甲飴みたいで美味しそうだ。髪は真っ白でストレート、とても綺麗だ。アニメでよく見るプラチナブロンド、て色。それに、鼻筋は通っていてとても整った顔立ちだ。皺もそんなに目立たないし。よく見れば抜けるような色白で。弓みたいに張った涼やかな目元は、生き生きと輝く鳶色だ。若い頃はさぞかし美人で、モテたろう。話し方もしっかりしてるし、きっと頭も良くて……。要するに、私とは雲泥の差な存在なのだ。 「あ、あの……すみませんでした」  思い込みは良く無かったな、素直に謝らないと。 「ハッハッハッ……素直でいい子だね。今時珍しいほど純粋だ。ま、いいよいいよ。こんな雑居ビルの屋上のベンチに夕方、ポツンと座ってるばあさんなんか見たらそりゃ心配になるわな。私はね、沢渡(さわたり)とも、ていうんだ。晴れた日、ここから見る景色が好きでね。まぁ、せっかくだからお座りよ。ここから陽の入りを見るんだ」  おばあさん、いや、ともさんはそう言ってベンチの真ん中から左寄りに移動し、開けた右側を右手でトントンと叩いた。 「あ、はい。失礼します」  悪い人じゃ無さそうだ。制服のスカートが皺にならないように気を付けながら座る。 「名前は? 歳はいくつだい?」  ともさんはそう言って笑いかけてきた。見ず知らずな人に名前なんて…… 「ま、無理に言う必要ないさ。今は物騒な時代だからねぇ。そうやって警戒する事も必要さ」  さばさばした人みたい。何だか信用してもいいような気がした。そしてやっぱり私は感情が顔に出やすいんだな……。 「東条真彩(とうじょうまあや)。高2です」  考えるより先に言葉が飛び出していた。 「真彩ちゃん! 可愛らしい名前だねぇ。ちょうど同じ歳頃の孫がいるわ。(かなめ)て言うんだけどね」  可愛らしい名前だなんて言われて、何だかモヤモヤした。ともさんのお孫さん、さぞかしイケメンなんだろう。どうせ私は…… 「可愛いのは名前だけですけどね。何をやっても、駄目なんです、私……」  嫌だな、初対面の人に何言ってるんだ? (高1の妹は佳絢(かあや)っていって。美人で勉強もスポーツも文芸も……何だって出来るんです)と続けて言ってしまいそうになるのを辛うじて堪えた。 「あはははっ、まぁ名前負け、てヤツですね、へへへ……」  乾いた笑い、喉の奥がキュッと痛くなって声がかすれる。透明の液体の膜が張ったみたいに目の中が盛り上がった。盛り上がった膜は、瞬きをしたらパンッと破裂して透明の液体が溢れ出て来そうだ。鼻を啜って耐え、自嘲の笑みで誤魔化した。きっと、ブスが益々ブスに見えるだろうな。 「そうかい? 私は名前負けだなんて思わないけどね。それに、出来るとか出来ないとか、そう言った事は長い目で見てみないと何とも言えないもんさ。特にその人が優れてるか、そうでないかなんてのは何を基準にして見るかで変わるもんだしね。まぁ、真彩ちゃんぐらいの年代だと、学校とか家庭とか、そう言った狭い視野でしか物事が見られない時期でもあるから、気持ちはよくわかるけどね」  ともさんはそう言ってうんうん、と頷きながら私の背中を軽くポンポンと叩いた。 「まぁ、ここで一緒に夕日を見よう。さっき魔法が使える、て言ったろ? あれは誰でも使えるものなんだ」 「誰でも……ですか?」 「あぁ、そうだ。魔法が使える、ていうのは物の例えだけどね。ま、見てな」  自信たっぷりのともさん。まぁ、どうせ家に帰っても気まずいだけだし。誰も心配しないし。だけど、こんな金網がこれでもか、というくらい張り巡らした屋上で夕日を見たって、一体何が見えるというんだろう?  だけど、ともさんが言うんだから大丈夫だ、そんな気もちにさせる。不思議な人だ。もしかしたら本当に魔法使いかもしれない。本来の姿は、箒に乗って空を飛び、黒いフード付きのローブで全身を包み込んでいるんだ。そんな風に思えた。
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