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第二話 追憶
今朝からツイてなかったんだよね。妹はバスケ部で朝練、私も文芸部で朝練で。朝練が終わって三階の図書室から教室に戻ろうとしたところ、一緒に歩いていた部活仲間兼友達が、
「ちょっとちょっと! あれ、佳絢ちゃんじゃない?」
といきなり声を潜めて腕を組んで来たの。そして階段の影に隠れるようにして私を押し込んできた。「ん?」唐突に何事か? と思って、影からそっと友達の視線を追って見ると……。
そこは体育館と教室を繋ぐ渡り廊下で、その真ん中あたりで頬を薄紅色に染めて俯く佳彩の横向きの姿が。うーん、私よりかなり背が高くてスラッとしてるんだよね。足の形が綺麗でその長い事長い事。肩の下まで伸ばした髪はミルクチョコレート色でね。シルクみたいに艶々でポニーテールが可愛いの。肌はほんのり桜色で、ちょうど白桃みたい。顔立ちは美人の黄金比をそのまま当てはめたような感じで。アーモンド型の瞳の色は羊羹色で、睫毛はエクステンションかと思うほど長いんだな。
小さくてぽっちゃりした私とはまるで正反対で。何せ私のあだ名は幼稚園から小学校低学年まで「出目金肉まん」。目がデカくて色が白くてポッチャリだから、だってさ。最初に「肉まん」て呼んだ野郎、未だに許せない。ちょっとばかり顔が良くて、少しばかり勉強が出来るからってさ。お陰で「肉まん」てあだ名が広まっちゃったじゃん。小三くらいになると学校で、虐めや差別はいけません、と具体例を出して言い聞かせられるからそのあだ名は喪失したけれど。その後も陰口叩かれていたのは、知っていたもん。
「え? あれ? 浩太じゃん。もしや『好きです、付き合って下さい』てやつ?」
友達の声で、我に返る。いや、そんな事はひと目見て気づいてたよ。ちょいと現実逃避してみただけで。
妹の向かい側に恥ずかしそうに俯いて立ってるのはサッカー部のエース、一之瀬浩太。日焼けした肌が、イタリア人みたいに彫りが深い顔立ち、長身、野生動物のみたいに鍛えられた体付き。勉強も出来て気さくな性格から、男にも女にもモテるタイプ。
「あぁ、そうじゃない? 前々から噂になってたしね。さ、行こう。こんなところでコソコソ隠れてると通る人の邪魔だしさ」
何でもない事のように装って、友達の手を引いて教室に戻ったんだ。何人か私たちを通り過ぎたし、木陰に隠れて覗き見してる子たちは何組かいたけれど。でも、当の二人には周りの事は目に入らないと思う。だって、二人だけの世界に入りきっているみたいだったから。
知ってた。浩太が佳絢の事気になってたの。
「そっか。浩太は真彩と仲いいな、て思ってたら、妹狙いだったんだ。何だかなぁ」
「そうでしょ? ま、私は間に入ってとりもったりしなかったけどねー」
「なんで?」
「だって、二人とも両想いなんだから放っておいてもくっつくだろうし」
「まぁ、そうかもしれないけどさぁ……」
佳絢も、浩太が気になってる事は知ってたし。
……『ね、お姉ちゃん。一之瀬先輩って、やっぱり彼女、いるのかなぁ?』……
高校に入ったばかりの時、そう私に聞いて来た事を思い出す。顔を真っ赤にしてさ。私が顔を真っ赤にしたら猿みたい、て思われるけど、佳絢の場合は花海棠みたいに可愛らしかったっけ。
「さぁ? どうだろうね? モテるからね、浩太は」
わざとそう答えて。ほんの少しだけ、意地悪してみたんだ。
「だって、浩太は浩太で人気あるし。佳絢もモテるからさ。色んな人に恨みかいたくないしね」
「あ、なるほど! それは賢いかも!」
「でしょ? それに、下手に間に入ったら余計拗れたりしてさ」
「あー、そういう事もあるよね」
「ね!」
私たちは声をあげて笑い合った。
本当は、胸の奥と喉が痛くて、大声で泣き出したかったけれど。でも、どの道浩太は私の事気になる子のお姉ちゃん、みたいな印象でしかなかった訳だし。悲しむだけ滑稽だよね。それにしても、妹に意地悪したツケが、こんな形で返って来るとは。
でも、狡いよ、神様。パパもママも、私より佳絢の方を可愛がるし。見た目も頭脳も運動神経も性格も、全部妹に与えちゃうしさ。
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