第二話 追憶

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 その日の授業は、しっかり受けようと思うのに。気を抜いたら泣きそうになるからそれを堪えるのに必死で頭に入ってこなかった。ただでさえ馬鹿なのに。帰ったらしっかり復習しなきゃ。  極めつけは、放課後の部活。浩太と佳彩が付き合う事になった、という噂が早くも流れてきて。いや、それは付き合うようになれば注目の的だ、というのは分かってたけどさ。  それよりも顧問から、俳句コンテストの高校の部の結果が発表された新聞のコピーを配られた時だった。  三句まで投句出来るから、文芸部の全員が顧問の添削を受けて応募したんだ。あ、私は文芸部に入ってはいるけれど、物語や短歌、俳句を作るのが大好きでね。ただそれだけで凄い下手くそなの。下手の横好きってやつ。だからコンテストに出してもかすりもしない事は分かってたんだ、最初から。分かってたんだけど…… 『【佳作】 花氷たまゆらの夢留めけり 朝露東高校一年 東条佳絢』 「東条さんの妹さん、快挙ですね!」 「わぁ、凄いね! 俳句初めてなんでしょ?」  部内で入賞した人は何人もいるのに、部外の妹だけが注目を浴びたというか……。 「俳句なんてやった事ないけど、テレビで花氷特集見てたら俳句思い浮かんだ。あれ涼しそうで綺麗だね! せっかくだからコンテスト出してみようかな。保護者の同意があれば個人でも出せるみたいだし。あれ、季節は問わないみたいで気楽に出せそうだしね」  と言って思い付きで一句だけ出して入賞、て……。私なんて、三カ月前から一生懸命ひねり出してさ。 『豆苗や日増しに伸びる薄暑光』 『金木犀仄かに香るドアポスト』 『モルモット抜け毛激しや冬ざるる』  うん、超絶に下手くそなのは分かってるんだけど……分かってるんだけど……何だかさ。何をやっても、妹には敵わなくて。叶わないどころか、妹はダイヤモンドの原石で出来ているけど、私は廃材で出来ているカスなんだ、と再確認して。この世が「ディストピア」に思えたの。  それで、何もかもが嫌になって。少し早めに終わった部活の後、ふらふらと外に出たら立ち並ぶ都会のビルが、地球に建つ巨大な墓場に見えたんだ。それで、気がついたら学校からそう遠くない雑居ビルの屋上に来ていた。    そうしてそこに来たのか分からないけど、足が勝手に動いて。そこはエステとかネイルサロン、自然食のお店、占いの館や美容室なんかが入っている八階建てのビルだった。屋上までエレベーターで昇ってみたはいいけれど、鍵がかってるに違いないと思いつつ。  けれども鍵なんかかかってなくて。高い柵に、天井までドーム型に張り巡らされた金網に守られたこじんまりとした庭園が広がっていた。サツキや菖蒲、薔薇、そしてパンジーが彩よく植えられて。ちょうど真ん中あたりに藤棚があって、その下に白い木製のベンチが置かれていた。そしてそこにおばあさんが座っていたの。藤は見頃を終えてしまって、薄茶色のドライフラワーみたいになっていたけれど。咲き誇っている時に行けば甘い香りと薄紫の花房が見事だったろうと思う。
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