デッドストックオンリー

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川平(かわひら)さんはガレージに住んでいた。 コンクリートの床にシャッターのついたごく普通のガレージに、チェス盤みたいに白黒のマットを敷き詰めて。  ステンレスの棚の上段にはCDや古いレコード、下段にはブーツが三足。折り畳み式のベッドには清潔な布団とタオルケット。突っ張りポールを駆使してガレージの中で洗濯物まで干すことが出来た。 ちょっとしたワンルームよりも広く、キャンプ用の小さな照明器具しかないせいで薄暗い感じが妙にかっこよかった。  川平さんには借金があるらしい、という噂は、同じカレー屋でバイトしていた他校の男子、本倉君からこっそり聞いた。やばい所から借金をしたせいで携帯が持てないとか、そのせいでまともな就職先がないだとか、本倉君はやたらと川平さんの事に詳しかった。  カレー屋のディナーシフトに菜々美と本倉君はいつも一緒に入っていて、川平さんは夜十時以降のナイトシフト、ディナーの菜々美と本倉君の高校生コンビと入れ替わりで働いていた。  川平さんは菜々美の六つ年上で、昼間はパチンコ店メインで働くフリーター。カレー屋の店長は、ちょっと問題のありそうなアルバイトを雇う事を趣味のようにしているところがあり、川平さんの履歴書の写真が真っ赤なアロハシャツ姿だったことを、いつも笑い話のネタにしていた。  元ホストでバンドマンの井上さんと、ガレージに住んでいる川平さん。そのふたりがナイトシフトのコンビで、菜々美や本倉くんが試験前になると、代わりにディナーシフトにも入ってくれた。 井上さんの黒髪はポニーテールにできるほど長かったし、唇には大きなピアスがいつも刺さっていた。川平さんは髪が金色でつんつんとんがっていて、夏でもごつごつとしたブーツを履いていた。そんな二人がカレー屋の制服を着ている姿は、なんだかとてもおかしかった。  井上さんには清楚系のモデルっぽい黒髪ロングヘアの彼女がいて、川平さんには派手系の金髪ボブの彼女がいた。どちらも彼女が店にカレーを食べに来たことがあり(食べにというより偵察みたいな感じだった)、井上さんの彼女は看護師で、川平さんの彼女はパチンコ屋の同僚らしいということも、本倉情報で知っていた。  ときどきバイトに遅刻してしまう川平さんが心配で、川平さんがナイトシフトに入る日は、こっそりチェックするのが日課になっていた。本倉君と菜々美ペアから井上さんと川平さんペアに入れ替わるとき、お疲れ様と言ってもらうだけの関係で、それでもナイトシフトで川平さんが少しでも楽ができるように、掃除や具材のチェックなんかは欠かさなかった。  お先に失礼しますと言って帰りに厨房を覗くとき、制服姿の菜々美を見ると井上さんと川平さんは顔を見合わせて、いっひひーと笑った。  「ええなあ女子高生」  「気を付けて帰りやー、俺らみたいな変なオッサンがそこら中にいっぱいおるから」  そんな風な事を言いながらふたりが楽しそうに送り出してくれると、女子高生で良かったと菜々美は思ったし、制服を着るだけで川平さんたちに喜ばれるなんてラッキーだと思った。  バイトに行くときは学校ではきちんと着ている制服のスカートを折り曲げて膝上よりまだ少し上まで短くしたし、ブレザーを脱いで大きめのカーデで折り曲げた腰の部分を隠してカーデの袖から指先をちょこっとだけ出した。女子高生らしく振舞って、ふたりが笑ってくれることが楽しかった。  店長は、試作品のカレーをよくバイト終わりの菜々美と本倉くんを引き止めて食べさせた。本倉くんは家が厳しく、すみませんと言って食べずに帰ることも多かったので、菜々美はいつも喜んでご馳走になった。  学校の制服姿でカウンターにひとり腰かけるのはなんだか自分が特別な存在になったみたいで嬉しかった。カウンターの向こう側から井上さんと川平さんがニヤニヤしながらこちらを見ていて、その視線もくすぐったくて幸せな気持ちだった。  食レポ風に「この、香り、食欲そそります。あ、この具材とこのスパイシーな感じが合いますね」と褒めると店長はいつも上機嫌になった。井上さんと川平さんはそれを見て、「菜々美ちゃん女優やなあ」と笑った。  菜々美はトマト系のカレーが好きで、川平さんはバター系のカレーが好きだった。菜々美はわりと辛いものでも抵抗なく食べることができ、川平さんは顔に似合わず甘めのものを好んで食べた。  バイトを始めたばかりの頃は高校を卒業したらカレー屋は辞めようと思っていたけれど、辞めるのを辞めた。川平さんのことを好きになったからだった。
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