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彼女が逃げた、ホントの理由
「兄様ぁっ! 助けてっ!」
冬期休暇に帰ってきた、妹の第一声がそれだった。
十も離れたこの妹ももう16歳。次の夏には学園を卒業する。入学当初から、10歳を過ぎればレディの自覚を持てと説かれ、貴族の娘、もしくは妻として相応しい行儀と知識を身につけたはずの妹。
その妹は、馬車を門前で飛び降り、侍女達を振り切り、コートも脱がずに玄関ホールを突っ切って、領主代理の執務室に駆け込んできた。扉が弾けるように強い音を立てる。
アスールは、無作法をとがめようと口を開いたが、声になる前に妹が執務机に突進してきた。バンッとたたきつけられる両手から、とっさに書類を逃がす。
「兄様お願い! プリームを雇ってあげて!」
「は?」
一体何のことか分からず、アスールはぽかんとほうけた。ふっと視界に赤を捕らえ、そちらに目をやる。妹の背の向こうに、見慣れた赤毛の少女が立っていた。16歳にしては小さな体をさらに縮めるようにして、胸の前で組んだ両手をぎゅっと固く握っている。紅茶色の大きな瞳が、不安そうに揺れていた。
彼女はプリームといって、妹の学友だ。夏期休暇を毎年この家で過ごしている。しかし、年始を挟む冬期休暇にやって来たのは、これが初めてだった。今年は連れて来る、などとは聞いていない。先日届いた妹からの手紙も、いつも通りのものだったはずだ。
兄の驚きをまるっと無視して、妹は続けた。
「このままじゃ、プリーム結婚させられちゃうの!!」
「……は?」
妹よ、頼むから分かるように話してくれ。
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