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部屋を掃除していると一枚のハガキが出てきた。東からだった。達筆な字で佐藤昌徳様と書いてあった。昔から字が上手くて高校の書道コンテストでは金賞を取ることはざらで、あるときなんかテレビドラマのワンシーンに東の字が使われたことさえあった。
なんでそんなに綺麗な字が書けるのかと聞いたことがある。
「日本語が好きなんだ。」
「それだけ?」
「それだけだよ。漢字は言葉の一つ一つに意味があって成り立ちがある。なんてたって形がかっこいいよ。もちろん平仮名やカタカナもかっこいいと思っているけどね。」
「へえ、かっこいいってそれだけであんなに上手く書けるようになるのか。」
「好きこそ物の上手なれ、って言うでしょ。あっ、でももう一つだけ綺麗に書ける理由があった。」
「なんだ?」
「センス。」
東は満面の笑みでピースした。
「ふざけろ。」
外ではセミも笑っていた。
記憶の陽炎から戻ってきた。掃除をしているとついついこういうものに手が止まってしまう。ハガキを裏返すと青い海に白く輝く砂浜が広がっていて中央に青年が立っている。褐色な肌で謹賀新年とこれまた達筆な字で書かれた半紙を持っている東だった。地名らしきものが書いてあったが浅学な自分にはどこかわからなかった。
高校を卒業したあと、それぞれ別々の大学に進学し付き合いもそこそこに続いたが「日本語の素晴らしさを世界に伝えて来る」とだけ言い残し海の向こうに行ってしまった。あれから8年くらい経つが、こうしてたまに世界各国から年賀状が届くだけになってしまった。日本語が好きだから日本を出て行く、というのを最初に聞いた時はなんだか奇妙にも思えたが東のまっすぐさが感じることができる理由だなと思った。
重い腰を上げて机の引き出しを開ける。他のものを少し詰めてハガキ一枚をしまうには少し贅沢なスペースを確保して引き出しを閉めた。
書道でも習おうかな、とふと思った。東にどんなもんだと見せるのだ。頭の中の東にそこそこ上手くなっている自分が字を見せているところを想像した。東は評論家ぶってじっくりと俺の字を見てこう言った。
「センスが足りないね。」
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