錯覚のロリータ

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シモンはうな重を大好きだ。次に好きなのは茶碗蒸しだ。 すごい勢いで食べてゆく。わたしはそれに感動を覚える。自分は何も、そんな風に食べたことはない。なんて、原始的な美しさ。 やっと景色がまともに見えるようになってきて、ベッドの上で座りながら見渡すと、やっぱりたくさんの棚にCDが置いてある。 わたしの知らないたくさんのバンド。彼はロックがすきで、ピストルズもガンズも、ノヴァナも聴く。 彼が、ノヴァナ、と言うから、もう、ニルバーナとは思えなくなった。 わたしに軽く説教をかました男はルーリードがすきだと言っていた。 ルーリードは歌う、この魔法的な瞬間、この魔法的な瞬間、と。 わたしをすきにするシモンや他の男が、どんなにその時に「ああ、これは、なんて素晴らしい魔法のような瞬間」と思っても、あの鼻筋のエロい男はそれをあくまで「錯覚だ」と言うのだろうか。 シモンは最後の一口をかっ込みながら英語で 「あなたの肌はとてもきれいで奇跡のようだ。胸の一番先も、綺麗なピンク色で完璧なんだ」 と言った。 「あなたの体を舐めるのは甘い。うな重も甘くて美味しい。どちらもとても素晴らしい」 と。 わたしのケータイにまた母からのメールが届いた。一日に五度か六度送りつけられてくる。あなた、どうしているの、何をやっているの、誰といるの、答えなさい。 食べ終えた彼は、わたしの眉間の皺を見逃さずに、優しく 「パパ?」と言った。わたしは首をふり「マザ」と答える。 シモンは欧米の人のよくやる、両腕を大きく広げて手のひらを上に向ける仕草をして、大きな緑の目でわたしを労る視線をくれた。
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