第二章

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「あの人も大変だったんだね」てっきり寝ていたと思われた四郎が呟いた。三人が彼の方を見る。アキラもミラー越しに、ちらりと目を向けた。長い前髪で顔が隠れていて、薄暗い車の中では表情が見えなかった。 彼も、そして四人も、それっきり何も言わなかった。 ウィンカーを点滅させる。グイとハンドルを回転させ、夜の街灯に照らされてオレンジがかった光沢の中古バンは、のっそりとカーブを曲がった。空調を調節しようと手を伸ばしたアキラのその手の近くにあった時計。午前二時十五分を示していたデジタルの数字が、音を立てずに十六分に切り替わった。 やるせない気持ちで過ぎ去る黒いビルや住宅地を眺めながら、朝陽はふとさっきまで――昨日の夕方まで――高校の同窓会兼宴会に出席していたことを思いだした。五人そろって暑苦しい店の隅の席で網を囲んでいたのが、もう何年も前のことのように思える。 それなのに、今から二年と一日前の卒業式の日の記憶は、不思議と昨日のことのように鮮明だった。 薄暗がりの車の中。前には渋い顔で黒い車道を見ている革ジャンの運転手と、助手席に座ったセミロングの女。その後ろにはボーっと外を眺める小柄なジャージ姿のフリーター、うとうとしているスーツに身を包んだ眼鏡のK大生、自分の膝を見つめていたチェスターコートの青年の姿があった。服装が変わり、髪が伸びたこと以外、五人は高校に居た頃とまるで変っていない様子だった。それはいい意味でも悪い意味でも、五人はあの時のままだということを意味していた。『特等席』で夕日を浴びながら、グダグダと放課後を過ごしたあの時と変わらない友情。自分たちが変わっていなかったことは、それが二年たった今でも、五人の間に変わらず存在していたということの証なのだと、そう思っていた。 そしてそれは、六人全員に共通していたと思っていた。 あの電話がかかってくるまでは・・・ 「雅人だよ? うちらの友達だよ?」随分と時間が経ってから、朝陽が口を開いた。「きっと今度会った時には、うちらの心配返せってくらいにぴんぴんしてるって」 軽く冗談めかして言ったつもりが、疲れていたせいなのか、誰一人笑うことはなかった。 車内に漂った静けさは極力気にしない様にして、朝陽は再び座り心地の悪いごわごわのシートに体をうずめた。悪い夢を見た時のように、無駄に考えるなと自分に言い聞かせる。 かすかに左右に揺れる車の座席に身を預けて、隣の運転手には若干申し訳ないと思いつつも、静かに瞼を閉じた。
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