第一章

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第一章

「みなさーん! 盛ぉり上がってますかぁ!」 「うぇーいっ!」 熱気の籠った夕方の焼肉店。決して静かではない店内に、ひときわ大きな声が反響した。馬鹿みたいに騒ぎ立てる若者の集団に、ちらほらと年配のサラリーマンがうっとおしそうに振り返る。 そんなことなど気にも留めず、先ほど声を上げた若い男はわざとらしく抑揚のついた口調で話し続けた。 「実は本日、お集まりいただいた元聖城(せいじょう)高等学校3年Ⅾ組の皆さんにぃ! じゅーうだい発表がございます!」 囲むように座っていた若者たちが「おお?」と、意味ありげなどよめきを見せた。 その反応にさも満足そうにニヤケて、またもやその若い男は口を開いた。 「実はわたくし、佐藤歩(あゆむ)は――」 すかさず観衆から「彼女か!」という声が飛んできた。煽るように口笛を吹かれる中、佐藤歩はわざとらしく腕を組む。 「・・・残念ながら、彼女ではございませぇーんっ!」 どっと笑いが起こる。 「わたくし佐藤歩は、本日を持ちまして」気を利かせてドラムロールをする同級生に見守られる中、その若者、佐藤は、手に握っていたジョッキを大きく掲げた。「二十歳になりましたぁーっ!」 さっきよりも一段と大きなイェーイが店内に響き渡った。先ほどのサラリーマンに加えて、今度は店員も、その白い仕切りの向こう側にいる声の主たちを睨む。一応区切られているものの、個室ではないので店中に丸聞こえなのだ。 だが、そんなことに気づくような彼らであれば最初から大声は出さない訳で、佐藤を筆頭とするこの若者たちにとっては、他人の迷惑なんてどこ吹く風なのであった。 春と呼ぶにはまだ若干早い二月の下旬。卒業二周年と同期のお酒デビューを祝った聖城(せいじょう)高等学校3年Ⅾ組の同窓会が、駅中のビルにある焼肉店で行われていた。最近リフォーム工事された都心のビルなだけあって、店内は小綺麗な内装で、混み具合からしてみればそこそこ繁盛している様子だった。大学生たちにとって忙しい時期というのもあって同窓会の出席者はあまり多くはなかったが、主催を受け持った佐藤歩は個人的に満足していた。クラスで言ういわゆる一軍であった佐藤にとって、同じグループにいた親友数名とクラスで顔面偏差値が上位とされていたマドンナ達が出席さえしていれば、顔も覚えていない二軍三軍の輩が来ていなかろうと、彼とって正直どうでもいいことだった。 失礼します、と店員が注文されたものを運びこんできた。二十数人のテーブルがみっちりと埋まりトングを持つ人が出てきたあたりで、それぞれが飲み物を片手に乾杯のスタンバイをする中、例の男、佐藤歩は、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。彼はずり落ちかけていたズボンのベルトを直し、元クラスメイト達が見守る中ジョッキを持ち上げた。合図を待ち構える二十数人を見渡して、佐藤は、クラスで体育祭の応援団長に任命された時と似たような優越感を感じた。 「それでは、」残りのクラスメイトもジョッキを掲げたその男に続いた。「今年度もみんなが無事生きていたことを祝って――」何人かがクスクス笑った。「乾杯!」 「かんぱーい!」 この日一番のはた迷惑な掛け声と共に、ガラスとガラスがぶつかり合う音が響いた。 それではここで、作者からの業務連絡だ。 今これを読んでいる君は、恐らくこの本を開く前に一度表紙に目を向けただろう。そして、表紙に描かれているきらびやかな若者たちの姿を見て「この本はかっこいい若者たちの生きざまを描いたストーリーに違いない」と、ある程度は期待を膨らませてページをめくり、現在に至るかと思う。 なのに実際に数ページ読んでみたら、どういうことか焼き肉店で騒ぎ立てる迷惑で下品な連中について書かれているではないか。 そう、実はこの話、表紙に描かれているアイドルとは全く関係がない。この小説をこの行まで読み進めた君たちはみな、近年増加傾向にある『表紙詐欺』と呼ばれる手口に引っかかったのだ。 という訳ではないので、どうか安心してほしい。 この小説は紛れもなく、表紙のようなかっこいい若者たちの友情を描いたストーリーだ。だから、早まった判断をし本を閉じる前に、もう少し辛抱強く待って頂きたい。君たちが想像する活気的でかっこいい若者たちは、心配しなくともこのストーリーを読み進めるうちに登場する予定となっている。だから心配無用だ。 しかしながら、そのかっこいい若者たちが登場するまでもう少し時間がかかりそうである。 心待ちに読み進めてもらっているところ本当に申し訳ない。そういうことなのだが、果報は寝て待てというように、気を長く待って頂ければありがたい。よって、うっとおしいと思いながらでも良いので、今は聖城(せいじょう)高等学校3年Ⅾ組の同窓会と佐藤歩という男の誕生会を、辛抱強く見守っていてほしい。 この焼き肉屋でかかってきた一通の電話から、物語は始まったのだ。 業務連落はここまでとするが、本編に戻る前にもう一つ。万が一誤解が生じている可能性があるので、伝えておきたいことがある。 先ほどから人一倍大きな声で騒いでいるこの男、佐藤歩。 こいつは主人公ではない。 となると、肝心な主人公は一体誰なのか。もちろん、その隣でのほほんと割りばしを割っている太った青年でもなければ、男子に寄り添ってパーマをした髪を指でいじっているⅮ組のマドンナでもなく、迷惑客にしびれを切らして店員に言いつけようと席を立った中年のサラリーマンでもない。 これから始まる若者たちの美しい友情を描いた青春物語。その主人公は・・・
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