第一章

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中途半端に残っていた麦茶をグビッと飲み干すと、朝陽は正面に座っている声の主を見る。「四郎(しろう)もこういう時くらいスマホ直したらどうなの?」苛立ったような呆れたような声でそう言われた猫背の男は、面倒くさそうに画面からこちらに顔を向けた。「誰かさんみたく暇そうにしてて、面倒な事に巻き込まれたくないものでね」四郎と呼ばれた彼は薄い眉をハにしながら皮肉っぽく笑うと、再び目を画面に落とした。 ざわつく焼き肉店の一番隅っこの席。朝陽はふてくされた表情のまま、余ったトングで網に乗った肉をジュージュー言わせていた。 「にしてもタチ悪いよねー」スマホから目を離さずに四郎が言う。「佐藤さんのイチハラ」 相変わらず不機嫌丸出しの朝陽は「何さ、イチハラって」とぶっきらぼうに聞いた。 「一軍ハラスメント」そう言って四郎はヒヒっと肩をすくめて笑った。「いやぁ、ほんと。卒業して二年だよ? いつまでジャイアン気分で夢見てんだか」だっさいよねーと言いながら、スマホを人差し指で叩いた彼は、相変わらず興味なさそうだった。 テーブルの向こう側で、今度は何やらバイト先の先輩の愚痴を言い始めたらしい佐藤を横目で見ながらぼそぼそと話している四郎の声は、朝陽以外の耳には入らない。 「毎回決まって餌食になる委員長様。いつもお疲れ様ですよ。」 「そりゃあどうも」朝陽はため息交じりに言った。 「まーまー、そんなにお怒りなさらずにさ。気にしない気にしない。どんまいでーす」 トングでつついた肉が、ジューといい音を立てた。「いいですねー、ニート君はお気楽で」香ばしい匂いと熱気が漂う。「朝陽さんは大学でお疲れなの。あんたみたいに心と時間に余裕があれば、こんなちっぽけなことでいちいちストレス感じずに生きてけるよ」そう言うと、焼きあがったハラミを箸でつまんだ。 「ニートじゃなくてフリーターですぅ」 「大差ないでしょうが。で、さっきからそれ、何やってんの」 「ゲーム」 「ふーん」四郎はようやく顔を上げると、スマホの画面を下にしてテーブルに置き、代わりに小皿と箸を持った。「ん」と言って皿を差し出されたので、仕方なく「ん」と言ってその上にトングでハラミをのっけてやった。 テーブルの上の方からまたもや佐藤の大声と笑い声が聞こえてきた。 盛り上がっている中心部からは一番離れた端の席に座る地味で緩いカーディガンの女と、ジャージ姿の細身の男。横に座っている人と若干間隔を開けて黙々と食べている姿には「はみ出し者」という言葉がぴったりだ、と佐藤あたりは言いそうだななどと考えつつ、朝陽は白ご飯を頬張った。 「そういえば、あんたいつからⅮ組になったの」 四郎は熱気に顔をしかめながら新しい肉を網に並べている。わざとらしくきょとんとした顔で「俺は元からⅮ組ですけど、どうかしました?」と言った。 「なぁに言ってるの。あんたA組の斎藤学級だったでしょ」 「そうだったっけ? そんな細かいこと覚えてませんよ」四郎はどうでもよさそうに肩をすくめた。「母ちゃんが外出ろ外出ろってうるさくて。それでたまたまあんたと和(かず)さんが同窓会あるって聞いたからさ、暇だし顔だそうって思っただけ。」そう言って、子供みたいにいたずらっぽくにやけた。「ちなみに今俺はジムに行ってることになってる」 「ぬくぬく焼肉食べながらよく言うよ」朝陽も呆れて笑った。「ほんっと、相変わらずだねー」そしたらボサボサの頭を掻きながら「それほどでもー」などと言ってきたので、「褒めてないわ」と苦笑いで返した。 同窓会開始からに約二十分。店員が麦茶のお代わりを持ってきた頃に、チリンッと店のドアにかかったベルが鳴った。店員の「いらしゃいませ」という声に、朝陽と四郎は顔を上げる。 見上げた先に立っていたのは、見覚えのある背の高い二人の青年。入店後すぐあからさまにキョロキョロし始めた方の青年は、こげ茶のサラサラの髪に紺のニット帽をかぶりお洒落な格好をしている。一方でもう一人の派手な茶髪の青年は全身黒ずくめで、夕方で外も薄暗いというのにサングラスをかけていた。 「来た来た」四郎がそう言ったとほぼ同時に、キョロキョロしていた方の若者が隅に座っていた二人を見つけた。目が合い次第分かりやすく笑顔になったその青年は、黒ずくめの青年の腕をつかんで、長い腕をブンブンと振りながらこちらに駆け寄ってきた。 朝陽は二人を見て、目を丸くした。「ハルちゃん!」
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