第一章

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「朝陽ちゃんっ、ひさしぶりだね!」ハルは高校の時と変わらないはじけるような声で言った。お洒落な服装とスタイルの良さからは想像しがたい子供っぽい表情をした顔には、昔みたいに少しニキビがあった。嬉しそうに笑った朝陽は、立ち上がって友人を抱きしめる。 ハルと朝陽がハグをしていた一方で、派手な茶髪の黒ずくめの青年は、面白くなさそうに騒がしい店内を見渡していた。すると、「ちょっと、あれ、アキラ君じゃない?」二人の入店にようやく気が付いたらしい何人かの女子たちが、茶髪の青年を見てどよめき始めた。「うわっ、ほんとだ!」 「アキラくーんっ!」テーブルの前方あたりから黄色い悲鳴が上がった。アキラが振り返ると、比例して更に女子たちの声が大きくなる。自分の方を見ながらやかましく騒ぐ女子たちに、アキラは整えられた眉毛を若干不快そうに寄せると、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で「ちゃーす」と会釈した。 「お邪魔しまーす」と元気よく言って、ハルは網の上でジュージュー音を立てている焼き肉に目を輝かせながら、先ほどまで朝陽が座っていた場所に腰を下ろした。着ていたチェスターコートを脱ぐなり早速割り箸に手をかけていた彼は、肩があたって鬱陶しそうに睨んできた隣の恰幅のいい女子の視線にも、もちろん気づいていない。一方で四郎は、複数の娘たちにテーブルの前に連れ去られそうになっていたアキラの二の腕をがっしりとつかんだところだった。 「はいはい、残念ですけどアキラ様は忙しいんですよ」女子の集団に囲まれてオロオロしていたアキラ様の腕を引き寄せ、四郎は取り巻き達に向かってシッシッと追い払うような手ぶりをした。「あんたたちにかまってる暇はないんですよーだ」残念そうな声や文句に交じって「あんたには話しかけてないのよ、陰キャ野郎」という罵声が聞こえたが、四郎の方も「うるせー、ブス!」と渾身のあっかんべーをかますと、椅子のところまでアキラを引きずって行った。 二人が落ち着いて席に座った頃には、ハルは既に追加注文しようと店員を呼び止めていた。ホルモンとカルビを二つずつ、サラダ、白ご飯の追加。かしこまりましたと一礼して去っていく店員を「ありがとうございます」とにこやかに見送り、また割り箸を持つ。見ると、箸の持ち手の先の方が不均等に裂けていた。 アキラは着ていた革ジャンを脱ぐと、自分の背中と背もたれの隙間に押し込んだ。「飛鳥(あす)馬(ま)」と、めったに呼ばれない苗字で呼ばれて、四郎は眉を上げて振り向く。「あんがと。」ぶっきらぼうにそう言われたので、苦笑いして「ん」とだけ小さく言った。 「にしても、アキラ」ハルに全部食われるまいと負けずに肉を争奪していた朝陽の声に、アキラが反応する。「あんたいつからあんなに人気者になっちゃってたの」 するとアキラは眉をひそめた。「いや、そんなん俺が聞きたい」相変わらずのなまった関西弁でそう言った。 「わかんないのかい」真っ黒の痛々しいファッションと、険しい表情と、ゴリゴリの関西弁とのギャップがツボだったのか、ハルは可笑しそうにあっひゃっひゃと笑った。斜め前に座っていた四郎から「あんた笑い方うるさい」と注意される。 「ホストになったからとかでしょ」四郎があまり関心のなさそうな声色で言うと「あー、なるほど」と朝陽とハルは納得したように相槌を打った。 「にしてもウゼェ奴らだな」アキラはテーブルの前方に固まって世間話を繰り広げていた女子の集団を横目に言った。「高校んときは何にも言ってこなかったくせして、ホストになったっつった瞬間、色目使ってきやがって。腹立つ」 「もー、アキラ君口悪いですよ」四郎はわざとらしく子供をあやすかのようにメッと言った。「まったく。こんな子に育てた覚えはありませんよ。ピアスは開けてるし、髪は長いし、服はダサいし、顎はしゃくれてるし――」 「いや、しゃくれてへんわ」むっとした表情で言い返したアキラの顎は若干突き出ていた。それを見てハルがまたあっひゃっひゃと癖の強い笑い方で笑う。 「最後の方とか完全に敵意あるやろ、お前」 「なんのことでしょうかねぇ」とぼけたように言った四郎。むっとしたままアキラがわき腹をくすぐって反撃すると、身をよじらせて笑いながら降参した。見ていた朝陽は「いい年した大人の男が何やってんの」と呆れたように笑い、ハルに平らげられてしまって寂しくなった網の上に肉を足した。 「にしても、ホストって知っただけでそんなに女子って寄ってくるもんなの」朝陽は他人事のように不思議そうに言った。「さっきの子って元陸上部だよね?」 「現役の時はバリバリスポーツやってたのに、今ではホストにうつつ抜かすようになってしまって」四郎がやれやれとため息をつく。 するとアキラが、フッと明るい茶色の前髪を払って「若ランナーの気持ち、分らんなぁ」と決め顔で言った。 シーンと沈黙が漂う。どこからともなく、季節外れの木枯らしが吹いた。
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