第一章

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その時、熱気の漂う焼き肉店に響き渡った店のドアにかかった二度目のベルの音。追いかけるように店員の「いらしゃいませ」という声がした。端に座っていた四人が見上げた先に立っていたのは―― 「和ちゃん!」ハルの大きな声に和真がこちらを振り返った。正確には和真以外の客も何人か振り返ったのだが。高校の頃と同じ緑の縁の眼鏡の奥から席についていた四人を発見すると、子供っぽく手を振ったハルに手を振り返して歩いてきた。ジャージ、カーディガン、セーター、革ジャンという四人とは違ってしっかりとスーツを着込んでいるのが彼らしい。 和真は丸い目を三日月形にして「久しぶり!」と笑うと、横に詰めた四郎の隣に腰を下ろした。反対側の人と四郎に押しつぶされそうになったアキラが「狭い狭い」と文句を言った。「お邪魔しまーす」 鞄を床に置いてジャケットを脱ごうとごそごそしていたサラリーマン感の溢れる青年に、四郎が「遅刻ですよ、部長」と言った。 「いやぁ、それにしても」先ほどハルが追加注文していたものが届き、後から加わった和真もサラダに手を着け始めたところで朝陽が言った。「久々に顔合わせるね、うちら」 「ほんとにそれな」キャベツで口をもごもごさせながら和真がうなずいた。 「俺とアキラは結構会ってたよね」ハルが言うと「へぇー」と意外そうな声が上がった。「まぁ、家近所やしな」アキラはそうとだけ言ってグイっと麦茶を飲んだ。どうやらハルが時折一方的にマンションに上がり込んでくるとのことだった。「なんだかんだで仲いいよね、あんた達」朝陽に言われて、ハルは嬉し気にニヤニヤしたが、アキラに微妙そうな顔をされ、残りの三人に笑われた。 「っていうか」和真は割り箸を割ると、アキラと四郎とハルの三人を順番に見た。「お前ら三人はいつの間にⅮ組になったの?」 三人は顔を見合わせると、きょとんとした顔で和真を見た。「俺たち、元からⅮ組ですよ?」 「やだなぁ、和ちゃん忘れてるとか言わないでよー?」 「いやいやいや、おっかしいでしょ。四郎とかA組だったじゃん」 「まあまあ、部長、そんなお堅いことおっしゃらずに一杯どうです?」そう言って四郎はテーブルの端にあった麦茶の入ったジャーを持った。一瞬これでいいのかと戸惑ったような表情を見せた和真だったが、「じゃあ、頂こうか」となんだかんだ言いながらも、結局は雰囲気にノッてグラスを差し出してくれた。 「今日は雅人も来る予定なんだけど」席に座りなおして四郎は時計に目をやった。もう同窓会が始まって三十分以上が過ぎようとしていた。「なにやってんだろね、あの人。連絡もないし」 「あいつが遅れんのはいつものことやろ。ほっとけほっとけ」 「もー、せっかくなのにアキラもそんなこと言わないの」ご飯を頬張ったチャラ男に向かってハルが言った。アキラは黙ったまま口を動かしている。「高校ん時からだけど、アキラはなにかと雅人に突っかかるよね」 「雅人にやきもち焼きたいのも分かるけど、ジェラるのも大概にしてくださいねー」 「やきもちちゃうわ!」 ハルに小声で「朝陽ちゃん、ジェラるって何」と聞かれて、「え、知らん」と朝陽は、同じく小声で答えた。「ジェラシーのことじゃね」と和真が代わりに答えた。 「だからジェラシーなんかじゃ――」 「はいはい分かったから」またもや不機嫌になったアキラを遮るようにして四郎が言った。「雅人にはメッセージでも送っとくよ」と履いていた薄汚れたジャージのポケットからスマホを取り出す。一方でハルは、さっきよりも困惑した表情で「ジェラシーって何」と朝陽に囁いたが、またもや小声で「知らん」と突き返された。代わりにアキラがハルに向かって「ちなみに、ジェラシーの頭文字は『J』らしい」とドヤ顔で言ったが、軽率にシカトされた。
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