第一章

6/7
前へ
/32ページ
次へ
「で、幼馴染で家の近い二人は例外として、俺たちは全く会ってないな」和真の言葉に四郎と朝陽はうんうんと頷いた。 「四郎に関しては人間に会ってるのかどうかさえ怪しいでしょ」と朝陽。これには四郎も心外だという表情で言い返してくるかと思いきや「よくわかってるじゃーん」という返事が返ってきた。「ここ半年間はバイト先と寝室とコンビニの三か所以外、視界にすら入れてません。飛鳥(あす)馬(ま)健四郎(けんしろう)くん、二十歳ですっ」語尾にハートが付きそうな声色で言うと、どこかのアイドルの物真似っぽく、きゃぴっとピースをした。 ハルがあっひゃっひゃと笑って「笑いごとじゃないじゃん!」と言う。大笑いしているハルを横目に、和真は「お前がな」と呆れたように口を挟んだ。「そういう和さんは何してんの? 社畜?」三秒ほどで物真似に飽きた四郎は、自身の皿に網から肉を移すと真顔で聞いた。 「いや、大学生から社畜は早すぎるわ」ハルがお腹を抱えながら笑う。「時期の問題ちゃうやろ」とアキラに苦笑いされる。 「ハルは実家手伝ってんだっけ?」朝陽に聞かれてハルは頷いた。 「実家花屋さんだったよね」 「フラワーブックカフェね」ハルが訂正した。普段はヘラヘラしているが、実家のことになるとちょっとしっかりした表情になる。普段はあまりお目にかかれないハルの家柄を垣間見た感じがするのだった。「実はこの前、カフェスペースのリフォームが完成したんだ!」 「あの、大きい窓があるとこ?」 「そうそう! すごくモダンな感じになってお洒落だよ」今度招待してあげると言われ、朝陽は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。 「アキラは?」和真に突然話を振られ、口へと運びかけていた塩タンを空中で制止させた。「進学してなかったよね」疑わし気に和真はアキラのファッションを上から下まで見る。 「俺、ホストなったってお前に言ってなかったっけ?」 「ホスト⁉ アキラあんた、ホストになったの⁉」 「和さん声でかいし、オネェ化してる」和真の方を見向きすらせずに、四郎が言った。 「和ちゃん知らなかったんだ、結構有名だけどね」ほら、とハルが指をさした先には、入店したときにアキラにまとわりついていた女子の集団。こちらをちらちら伺いながら何かささやいている。 「まぁ、社畜さんには縁のない話でございましょうよ」 「K大生と呼びなさい。K大生と」間髪置かずに和真が訂正したが、結局四郎に「あーはいはい、わかりましたよ」と流されただけだった。名門大学なのに、現実ではこんなにも敬意がないものなのかと頭を抱えた彼に、四人は笑った。 バカなことを言って、ツッコミが入って、和真がいじられて、ハルが癖の強い笑い方で笑って、四郎にやかましいと怒られて、アキラがダジャレを言って、みんなが軽率にスルーして――聖城(せいじょう)高等学校の門を一緒にくぐらなくなって二年が経とうとしていた今でも、変わっていなかったあのいつもの光景だった。決して誰も声を大にして言わなかったが、五人は全員温かさに包まれていた。懐かしいような、ひたすら嬉しいような、月日が過ぎてしまって寂しいような、それらすべてが入り混じって温かいような気持だった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加