第一章

7/7
前へ
/32ページ
次へ
すると突然、漂っていた和やかな雰囲気に水を差すかのように、耳をつんざくような速いテンポのボーカロイド音楽が大音量で響き渡った。五人のみならず、テーブルの前方に座っていた若者たちまでもが、突然の大きな音に飛び上がった。 「しまった! マナーモード解除したままだった!」とっさに立ち上がったのは四郎だった。焦ってジャージのポケットをまさぐる。やっとのことで振動しながら音を出していたスマホを取り出すと、あわてて横のスイッチを下げてマナーモードにした。 迷惑そうにこちらを振り返った近くの客に「すみません」と小さく会釈して、着信画面に目を落とした。 「雅人からだ」ちょっと安心したような表情になると、四郎は電話に出た。がやがやしたテーブルでは声が聞き取りにくいと思ったのか、スマホを耳に引っ付けながら、隣に座っていた和真の前を横切って通路に出た。「もしもし。もう俺たち結構待ってんだからね? 着きました?」もう少し静かなところへ行こうと席から離れていった四郎が、そんなことを言ったのが聞こえた。 奥にあるトイレの近くの壁にもたれてスマホを耳に当てていた四郎を横目に、テーブルに残った四人は網に残っていた肉を平らげる作業に取り掛かっていた。 「はぁ」大きく息をつき、壁に面したソファーのような席に座っていたハルは、ぐってりと背もたれにもたれかかった。セーターの上からお腹をさする。「もう俺、お腹いっぱいな気がしてきた」 もうむりーと情けない声で言ったハルに、和真が笑った。「お前こういうお店で食うとき、始めっから飛ばしすぎなんだよ――」 「――お姉さん、ですか?」数メートル離れたところから聞こえた四郎の困惑ぎみな声が、和真を遮った。 朝陽、和真、ハル、アキラの四人は、その声に振り返った。四郎は、トイレに近い場所の壁から一歩も動いていなかった。猫背の背中をテーブルに向けていたため、四人の座っていた位置から彼の表情は見えない。 だが、彼のスマホをつかむ指に力がこもったのは見えた。 するとまた四郎の声が、今度はさっきよりもさらに困惑したような声が聞こえた。 「ちょ、あの、すみません。聞き取れなかったです、もう一回ゆっくりお願いします」 四人は顔を合わせた。目が合った自分以外の三人も、全く同じ表情をしていた。 「何かあったのかな」心配そうに朝陽がそう言ったのと、背中を向けていた四郎が振り返ったのが同時だった。 四郎の顔には、よからぬことがが起こったのだと、そう書かれていた。 店内に騒音が戻り、四郎が何か口を動かして見えたのも、近くの客の下品な笑い声に飲み込まれて聞こえなかった。さっきと何一つ変わらない焼き肉店の一角で、四人は表情をこわばらせたまま、彼がスマホを耳から離すのを見ていた。 電話を切るなりテーブルに駆け寄ってきた四郎。めったに動揺の仕草を表すことのない彼の表情が、焦りに満ちていた。 「何?」切羽詰まった声でハルが問い詰めた。「何があったの、何? 雅人は?」 四郎は答える代わりに「アキラ、車か」とやけに冷静な声で聞いた。 「おう」困惑しつつもアキラがうなずいた。 「中央救急病院。ここからだと十五分くらいで着くと思う」四人を見渡すと、そう言った。 「アパートで倒れてたらしい」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加