第二章

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第二章

病室に続く長い廊下は、ずっと前に蛍光灯が消えてしまっていた。見渡す限り薄暗い病院の二階で唯一明かりがついているエレベーター前の受付付近に、五人の若者の影があった。のっぺらぼうな白い壁に掛けられた時計は、夜中の二時を回っている。コチコチと秒針が動く音と、三人の静かな寝息以外は、不気味なほど静かだった。 着いた頃は壁に面した長椅子に肩を並べて座っていた和真、朝陽、ハルの三人は、いつの間にか不自然な体勢になっていた。和真は姿勢を正したまま後ろの壁に頭をもたれかけて、眼鏡はかけっぱなしで目をつむっている。それにもたれるようにしてハルと朝陽は、雪崩のように斜めに体を傾かせたまま寝息を立てていた。 壁にもたれるようにして立っていた四郎は、画面が真っ黒のスマホを手の上で遊ばせていた。目はさっきからずっと、床を見つめたまま視点が動いていない。 一人離れた別の長椅子を占領して寝ていたアキラが大きな寝息を立てたが、すぐまた静かになった。 時計の秒針の音に交じって、遠くからかすかに足音が聞こえた。スマホケースの蓋を開けたり閉じたりしていた四郎の手が止まった。彼の視線が、ずっと見続けていた床の一点から、足音のする方に向けられた。硬い床にヒールがカツカツと響く音が次第に大きくなっていく。 少しして、突き当りの曲がり角からすらりと背の高い女性が現れた。 「ごめんなさい、こんなに遅くまで待たせちゃって」 「いえいえ、とんでもないです。勝手に待っていただけですし」頭を下げるその女性に、四郎は慌てて返す。「こちらこそなんかすみません、しつこく帰らずに――」すると今度は慌てたように「いえいえ、全然心配しないで。ありがとうね」とその女性が優しく言った。 優しく言ったその声とは正反対に、赤黒かった目元を見て四郎は胸が少し痛んだ。高校の頃よく雅人の家に遊びに行っていたため、会うたびにもてなしてくれた美人で明るい姉のことは鮮明に記憶に残っていた。しかし、今四郎の前に立っていた女性は、彼が覚えていた人とは似ても似つかなかい。いつも丁寧にカールされていた長く茶色い髪は力なく肩に垂れ下がり、弟とよく似たビー玉のような瞳は疲れ切っている。薄暗い照明のせいか、随分とやつれているようにも見えた。 「真莉愛(まりあ)さん、」四郎は気まずい雰囲気が流れそうだったのを、遮るようにして言った。ぐったりとしていた他の四人を見ていた雅人の姉は、その声に顔を上げる。ジャージ姿の小柄な青年の心配そうな瞳と、目が合った。「雅人は・・・大丈夫でしたか?」 おずおずと押し出された質問に、真莉愛さんはほんの少し頬を緩めた。その瞬間四郎は、いつの間にか肩に入っていた力が抜けたような気がした。「お医者さんは疲労が原因で倒れたんだと思うって。命に別状はないみたい。今は病室で休んでるわよ」 「そうですか・・・良かったです」 しかし、一瞬笑ったように見えたお姉さんの表情は、すぐさま疲れきったものに変わった。四郎もそれに比例して、思わず表情が暗くなった。 四郎は三人が座っていた長椅子に歩み寄ると、和真を揺さぶった。その振動でもたれかかっていたハルと朝陽も目を覚ます。アキラを起こそうと彼が寝ていた長椅子の方を向くと、どうやらもう目が覚めていたらしく、上半身を起こして座り込む体勢になっていた。
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