ルイス・メレンデス『いちじくとパンのある静物』

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「ちょー美味しそう、いただきまーす!」  ナイフでハンバーグを一切れ切った。中から肉汁がシュワシュワ出てくる。ああ、これテレビでよく見るやつだ。 「ねえ、お姉ちゃん。肉汁すごいよ。ドボドボ出てる。これってテレビのリポーターがいうところの『肉汁の刷毛水車や!』ってやつだよね」 「ブッ」お姉ちゃんが食べていたパンを吹き出して「エホッ、エホッ」とむせている。 「どうしたの?大丈夫?」  お姉ちゃんはあわてて水を飲んだ。 「ちょっとあんたそれ、そんな大きな声で言わないでよ。アンタ間違いすぎだよ。しかも間違え方がひどい」 「えっ、刷毛水車じゃないの?桃くんが時々叫んでるけど」  お姉ちゃんが顔を近づけて小声でささやく。 「いったいどういうタイミングで叫んでるんだよ。ど下ネタだよ、それ」 「えっ、いつもハンバーグ食べるときに家で言ってる」  旦那さまが『恵美のハンバーグはいつも肉汁が刷毛水車みたいに溢れてるな』って言うから、わたしも真似していってみたのに。ど下ネタなの?これ? 「桃くんも冗談がすぎるよ。それは。いったいいつもどんなテレビ見てるのさ」 「どんなっていっても、ドラマとかバラエティとかクイズ番組とかだけど」  「はああ…」お姉ちゃんが大きくため息をついて、腕組みをする。 「あんたん家はほんとに、のんきだねえ、幸せだねえ。羨ましいよ、ホント。そんなバカバカしい会話で、毎日が過ぎていくんだろ。わたしはあなたの家の子に生まれたかったよ」 「だから、お姉ちゃん!今頑張ってるんだってば!ちゃんと基礎体温…」  そこまでいったところで、お姉ちゃんに唇をつかまれた。 「ウー、ウー、ウッ、ウー」なにも喋れない。ちょっと話して。 「ここは恵美の家じゃないんだから、頼むから大きな声で恥ずかしいこと言わないでくれる。あんたは慣れてるのかも知れないけど、わたしは非常に恥ずかしい。少し黙って食べよう。いい?わかった?」  「ウー、ウン」私は大きくうなずいた。お姉ちゃんは唇を離してくれた。ふう、これでやっと食べれる。  しばらく黙って食べた。ハンバーグもジューシーで美味しかった。何かわからない香辛料も入っていて、肉汁たっぷりで、柔らかかった。デミグラスソースも美味しくて、くるみパンとバゲットをお代わりしてソースにつけて食べた。お肉の旨味が混ざっていて最高だ。  「ビーフシチュー、美味しい?」  あからさまに物欲しそうに、聞いてみた。 「おいしいよ。お肉がとろけるように柔らかい。多分何時館も煮込んで作ってるんだろうね。こんなの家庭じゃ作れないよ」  お姉ちゃんは子供をもつ主婦だから、そういう目線で考えちゃうのよね。私はこんなの全く自分で作れるとは思ってないもん。お店の味だから。 「ちょっと、ちょーだい」はっきりいってみた。 「いいよ、ほら」  全粒粉のパンの上にお肉とシチューを乗せて渡してくれた。私はそれをガブッと一口で食べた。うん、うん、お肉がとろけるぅ。シチューのしみた全粒粉のパンがまた香ばしいんだな、これが。
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