ルイス・メレンデス『いちじくとパンのある静物』

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 お姉ちゃんのコーヒーと私の紅茶が運ばれてきた。 「以上でおそそろいですか?」私たちは同時にうなずく。 「ごゆっくりどうぞ」爽やかな笑顔で店員さんはテーブルを離れた。  濃いルビーのような紅茶の色が白い磁器にのカップに映えてきれい。紅茶にはミルクも砂糖も入れない。ストレートで飲むのが好きだ。なんだか桃くんと同じこと言ってる。桃くんはコーヒーだけど。  磁器に薄い青色で花が絵付けされていて、かわいい。ガーベラ?そんな名前の花あったよね。 「お姉ちゃん、コーヒーってよく飲めるね。苦くない?桃くんもコーヒー毎朝ご満悦で飲んでるけど。部屋中コーヒーの匂いで満たされるんだよね」 「恵美、まだコーヒー苦手なの?お子ちゃまのままだね。そんなに毎日桃くんが飲んでるなら、もう匂いも慣れそうなものなのに」  私、その時間帯は大体ベランダに逃げてるもん。洗濯物干してるから。 「あの焦げ臭いような匂いに慣れろっていうのは無理。だって色もタールの色だし、私は画家の端くれとして、ああいう濃い色のものは好きじゃないのよね。全部塗りつぶしてしまうような、野蛮な感じがするでしょう?」  濃い色は最初に塗るな!美術の専門学校の時にそう最初に教わった。色は足し算ができるが、引き算は難しい。   コーヒーと紅茶もほとんど飲み終わって、至福のひと時が終わり間近なことを告げている。お姉ちゃんは携帯電話をチェックし、学校関係のメールがないか確認している。子供に何かあれば、ランチどころではなく、すぐにすっ飛んでいって対処しなければならない。 「恵美もさ、そんなにのんびり構えてないで、そろそろ本腰入れて子供考えなよ。さっきも言ったけどさ。桃くんも向こうの両親もあれだと思うよ」  そうなんだよねえ。桃くんは何も言わないけど、甥っ子姪っ子と遊んでる時なんかすごい楽しそうだし、義理のお母さんにも「孫が見たいねえ」とこちらはもう、遠慮もなくズバッと言ってくる。へんに遠回しに言われるよりも、いいんだけど、やっぱりプレッシャーかかるよね。「そうですね、お義母さん、そのうちに…」そういってごまかしてきたけれど、もうちょっと真面目に考えた方がいいのかな。  「うん、わかった。ちょっと、桃くんと相談してみる。私一人じゃなんか怖いんだ。あなたは母親にはなれませんよ、って言われたらどうしようとか、考えちゃって…」 「よっぽどじゃないと医者はそんなこと言わないよ。それにもし仮に何か問題があるなら、それを解決してもらった方がいいに決まってるじゃん」 「そりゃそうだね。お姉ちゃん、頭いいね」  そうは言ったものの、克己心と不安と両方が交互に押し寄せてきて、ぼんやりとしてしまう。ああ、なんか目の覚めるような絵が描きたいな。心の中のモヤモヤが一気に吹き飛ぶようなピカソの『泣く女』みたいな原色で派手なヤツがいいな。
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