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手にしていた提灯で照らしながら覗き込むと、
「た、確かにこいつは、私が書いたものです」
恐縮しつつ伝治は頷いた。彼は[読売の伝治]と呼ばれ、自分で刷った瓦版を売ることで生きている。
「今度の騒動、瓦版も良く売れただろう?」
言われて、
「だ、旦那。まさか私が、瓦版のネタにするために、死体をここに埋めたって言うんですか?あの騒動で設けた瓦版屋は、私以外にも大勢いるんですよ?」
「そうだ。俺も、いろんな瓦版を読んだよ。どいつもこいつも、面白おかしく書いてやがった」
「でしょう?」
だが。低い声が、闇に響いた。
「お前だけなんだよ。死体が頭に簪を差してるのは」
「え?だって、死体の頭には、ちゃんと……」
「いや。他の役人たちにも確認したが、死体の頭には飾り一つなかったって話だ」
伝治の顔が凍りついたようになった。冷や汗が一条、頬を伝う。
夜薙が袖から簪を出した。桜の花を象った銀細工。絵に描かれたものと同じ形をしている。南朋吉が美世に贈ったものだ。
「この簪は、死体を最初に見つけた町役人が隠していたものだ。珍しい細工だから、金になると思って、死体から抜いたんだろう。だから、役人も、瓦版屋も、死体の頭に簪が差してあったことは知らねえんだ」
月の光が、夜薙の細い眼に反射した。けもののような鋭さが、冷徹なまでに輝いている。
「町役人以外で、この簪を知ってるのは誰だ?そう、死体を埋めた人間だ」
「ち、違う、私は……」
「おそらくお前は、誰よりも先に瓦版を売れるよう、事前に刷っておいたんだろう。そして死体が見つかったと知ってすぐ、売り始めた。だから、死体から簪が抜かれたことに気づけなかったんだ」
「くっ……」
悔しさからか、伝治は強く歯を噛みしめる。しかし、それから脱力すると開き直ったような顔になり、
「はあ。そうです。私が、川岸から持ってきた死体を埋めました。けど旦那、悪いのは女を殺した奴でしょう?私はただ、商売のために利用させてもらっただけでさあ。そりゃ、罰当たりだとは思いますよ。ですがね、女も幸せなんじゃないですか?こんだけ世間から注目されて、芝居まで作られて。ちょっと私が儲けたって、むしろあの世で感謝してるかも分かりませんよ」
薄笑いを浮かべながら、ぺらぺらと語った。所詮は軽犯罪と高をくくっているのだろうか。
「もういい。喋るな」
面倒くさそうに、夜薙がため息交じりに言った。
「死んだ人間がどう考えるかは、俺も知らん。だが、遺された人間の中に、お前を恨んでる奴がいるぜ」
「え?……ひっ」
夜薙の手が刀の柄を掴んでいるのを見て、伝治の顔から血の気が引いた。身を翻し、駆け出そうとした背中を光が横に薙いだ。
「ぎゃあっ」
短い悲鳴。重い何かが、地面に落ちる音。地に落ちた提灯が、めらめらと炎を上げて燃え始める。
空気を裂きながら、夜薙は刀身の血を払った。
重い風が吹き、あたりの花びらを舞い上がらせた。力を失った花びらが、また落ちてくる。その内の何十枚かが、伝治の亡骸の上に落ちた。
「次はお前が、瓦版のネタになるんだな」
それだけ言って、夜薙は去って行った。
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