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第3話
「大叔父さんの葬式?」
朝食を食べながら聞かされた話は、あまりにもピンと来ないものだった。
「そう、詳しく言うと蒼の父方のおじいちゃんの妹の旦那さん、ね。昨日亡くなったからお通夜とお葬式に行ってくるわ」
「姉ちゃんと俺は行かなくていいの?」
「翆も蒼も、大叔父さんのことも大叔母さんのことも知らないでしょ。泊まってくるから翆と一緒に留守番してて」
知らないも何も、そんな存在今初めて聞かされたのだ。そもそも蒼の祖父でさえ彼が小学生の頃に亡くなったのだ。祖父に妹がいたなんて知る由もない。
(そういえば、じいちゃんには弟もいたような気がするけど生きてるのかな? そっちも会ったことないからよく分からん)
蒼は首を傾げながらご飯をかき込んだ。
「分かった。明日休みだし、友達家に呼んで泊まってもらってもいい? こないだから約束してたんだ」
「みっちゃんも一緒? ならいいけど」
「充も誘うよ。でも分かんない。あいつまた彼女出来たらしいし」
「みっちゃんモテるもんねぇ」
母・美穂子がほぅ、と息をつきながら言う。美穂子は蒼が充を初めて家に連れて来た時に『あら将来楽しみなイケメンね~』と恥ずかしげもなく本人に向かって言っていた。充は蒼の友人の中でも別格中の別格でこの家の女性陣のお気に入りだ。充が来ると前もって分かっていると、用意されるお菓子もランクが上がるし、夕飯もえらく手の込んだものが出て来る。しかも「いつも蒼がお世話になっているから」と、充の親宛に手土産まで持たせる始末。そのせいか充の母と美穂子は子供抜きでも仲がいい。十年前からの知り合いだから、というのもあるが。
末永家の母姉双方をあっさりと手なづけた男恐るべし、と、当時の蒼は幼心に思ったものだ。
「それは俺がモテないと言いたいの?」
「被害妄想はいかんぞ、蒼」
誰の口調を真似しているのか知らないが、美穂子が声を低くして言った。そのすぐ後に声色を戻し、
「いつか蒼にも『この人じゃなきゃ!』っていう大事な人が出来るわよ、きっと! お父さんとお母さんみたいにね」
と、ニヤニヤしながらのろけてきたので、蒼は一言「キモイ」と言い捨てた。
「蒼、今日友達呼ぶのぉ?」
翆があくびをしながらリビングに入ってきた。長い髪に少し寝ぐせをつけたまま、女子の間で人気があるというブランドのもこもこしたルームウェアを着ている。ショートパンツから伸びる脚は蒼よりも長くてまっすぐだ。身長も蒼より高い。そもそも末永家は割と背が高い家系で、父も一八〇センチ近くあるし、母も一六八センチ。姉に至っては一七二センチのモデル体型で、町でスカウトされたこともあるほどだ。絶世の美女というわけではないが、コケティッシュで愛嬌のあるタイプなのが逆にいいのか、彼氏が途切れたことがほとんどない。
この家では蒼だけが突然変異のように背が低い。牛乳もパックごと飲んだし、バスケもなわとびも――背が伸びると言われているものは一通り試してはみたが、効果はなかった。翆は「蒼はそれでもいいのよ。可愛い私の弟。だーいすき」と、語尾にハートマークをつけながらいつも抱きしめてくれる。「弟を私色に染めるの楽しすぎ!」と言っては蒼の服を買って来るのも翆の役目だ。曰く「蒼のコーディネートは私のライフワーク!」だそうだ。父も母も息子を箱入り娘同然に大切にしてくれる。
蒼は家族の愛情過多を少しだけ恥ずかしいと思いながらも、だからこそ自分の状況に卑屈にならずにいられることをちゃんと分かっていた。
「みっちゃんが来るなら呼んでもいいよぉ、友達」
と、母とまったく同じことをもう一つあくびをしながら言う翆。
(二人ともどんだけ充を気に入ってるんだよ)
やれやれと麦茶を飲みながら、
「凪と涼真だよ。姉ちゃん会ったことあるだろ?」
蒼が言った。
「あぁ~、あのちまこいのと人畜無害のね。まぁ、あの子たちならいいわ」
“ちまこい”のが相島凪で、“人畜無害”なのが名良橋涼真だ。凪は蒼と変わらない身長で可愛らしい雰囲気を持っているが、見た目に反していろいろな面で強い。涼真は充と同じくらいの背丈でいつもニコニコしていて何事にも動じない。二人とは高校に入ってから知り合ったのだが、ゲームが趣味ということで蒼と気が合い、更には凪と充が小中学生の頃同じ空手道場に通っていたことで顔見知りだったこともあり、四人でつるむようになった。
「大体、どうして友達を呼ぶのに姉ちゃんの許可がいるんだよ。俺の友達なんだからいいだろ?」
「ん~、だって私の大事な大事な蒼の部屋に変なヤツなんて入れたくないもの」
「はいはい、分かったよ。俺、腹痛いからトイレ行って来る!」
翆には何を言っても無駄だと分かっているので、蒼もこれ以上の深追いはしない。凪と涼真を呼ぶことにOKをもらっただけでもよしとした。
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