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第4話
「行く行く! 僕【ファイナルチェイサー3】買ったから持ってく!」
学校へ着くや否や、今日泊まりに来ないかと誘ってみたところ、凪は目を輝かせて身を乗り出した。新作のゲームを手に入れたばかりで、早く協力プレイをしたくて仕方がなかったらしい。
「俺は【超戦国ファイター】買ったよ」
「涼真マジで? 俺それ買おうか悩んでた! やりたい!」
「いいよ、持って行くよ」
「おまえたちほんとゲーマーだな」
蒼の隣でため息をつく充。彼はゲームにはほとんど興味がない。つきあい程度には参戦してくれるのだが、これがまた結構強いから蒼にとっては非常に腹立たしい。同じように思っている凪が手をシッシッと振り、
「んじゃ、みっつんは来なくていいよ~」
そっけなく言った。【みっつん】とは凪限定の充のあだ名だ。二人が空手道場に通っていた頃、凪自らが命名したらしい。
「あーダメダメ! 充が来ないと姉ちゃんに怒られる」
「え、蒼の姉さんは充が好きなの?」
蒼が慌てて口を挟むと、涼真が首を傾げて尋ねた。
「そんなんじゃないよ、姉ちゃん彼氏いるし。でも気に入ってることは確か。こいつうちの母さんと姉ちゃんに超気に入られてんの。年上キラーなんだよ」
「俺、品行方正だからな~」
充はフフンと自慢気に笑った。蒼と凪がジト目で充を睨む。
「自分で言うなよ、充」
その時、涼真が突然身を乗り出し、蒼の目の前で鼻を鳴らした。
「なぁ蒼、香水か何かつけてる?」
「え、つけてないけど」
「ほんのりいい匂いする。すごく近づかないと分からないけど」
涼真が言い出したことに、充が頷き、
「おまえも気づいた? 甘い匂いするよな?」
昨日のように蒼の後頭部を嗅ぐ。
「充がそう言うから昨日シャンプー見てみたけどさ、いつものと同じだったんだよなぁ」
蒼は思わずくんくんと自分の匂いをあちこち嗅いでしまった。
「洗濯の洗剤とか柔軟剤じゃないの? 最近匂い重視のやつとか結構あるし。あれもあまりに使い過ぎると香害なんだよねぇ。『香る害』と書いて香害」
「凪、おまえよく知ってるな」
充が感心したように言う。
「だって僕洗濯とかするし」
今時男だって家事くらい出来なきゃダメだからね? ――凪がにっこり笑って言う。
「おまえのその笑顔怖ぇよ、凪……」
妙に説得力のある態度に、蒼が軽くたじろいだ。しかし充はかぶりを振りながら ごくごく小さな声で呟く。
「んー……でも服じゃないんだよな……」
そしてやおら立ち上がり、制服のポケットから携帯電話を取り出しながら席を立つ。
「おーい、充! どこ行くんだよ?」
「ちょっと彼女に電話ー」
充は携帯をいじりながら、空いている手をひらひらと振って教室を出て行った。
「何あれいきなり彼女って! 意味分かんない」
「羨ましそうに言うなよ、凪」
涼真が凪の肩をぽんぽんと叩く。
「羨ましくないよ。僕、彼女いるも~ん」
そうなのだ。この翆曰く“ちまこい”凪には年上の彼女がいる。蒼たちも何度か会ったことがあるが、目の覚めるような美人でそれこそ鳴海の隣が似合いそうな雰囲気を持っている大学生だ。そんな大人っぽい美女が凪にメロメロだというのだから、世の中分からないものだ。
(普段は小悪魔みたいな態度取るくせに、彼女といる時の凪ってすげぇ可愛くて幸せそうなんだよなぁ)
目の前で拗ねながら次の授業の用意をする凪を眺め、蒼は思った。
ちなみに涼真には彼女はいない――が、つい二ヶ月前までは同い年の子と遠距離恋愛をしていたので、同じ彼女いない者同士でも蒼とは全然違う。涼真の彼女は今年の春に父親の仕事の都合で海外に越してしまったのだ。離れ離れになってからしばらくは遠距離恋愛をしていたのだが、彼女に現地の日本語学校で好きな人が出来てしまい、別れを切り出されたという。
「まぁ、高校生で遠距離恋愛なんて滅多に続くもんじゃないよね」と、涼真は言っていた。
(みんなちゃんとリア充してるよなぁ~)
蒼が頬杖をついてしみじみ思っていると、右側が急に暗くなった。
「?」
見ると、またしても鳴海が壁のように立ちはだかっていた。蒼にだけ無表情──は相変わらずだと感じたが、どことなくいつもとは違う雰囲気が漂っていた。
蒼はふと昨日決意したのを思い出した。今度鳴海がこうしてきたら「俺のことが気に入らないのならはっきり言え」と言ってやろうと。
(よし言う)
「あのさ鳴海、俺のことが──」
「ちょっといいかな?」
蒼の決意を遮り、鳴海が切り出した。
(喋った。鳴海が喋った!)
思いも寄らない言葉に、蒼は目を見張った。
「え? あ? 俺に用?」
突然の新展開に口調がしどろもどろになってしまった。鳴海は動じることなく頷き、教室のドアを指差した。場所を変えたい、ということだろうか。鳴海は風紀委員であるのだしフルボッコにされることはないだろう。蒼はそう考え、
「いいよ、行こう」
と、立ち上がった。その様子を凪と凉真だけではなく、クラス中が不思議そうに見ていた。
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