第28話(終)

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第28話(終)

「えーっと、蒼、随分背もたれの高い椅子に座ってるね?」  涼真が口元をひくひくと震わせながら蒼を指差した。当の本人も涼真と同様、口元が震えている。 「う、うん……」 「もうやだこの二人、見てるだけで胃もたれする」  凪がやれやれといった風にかぶりを振る。 「……おい、そこのバカップル。特にデカイの。何半径三メートルにハートマーク飛ばしまくってんだ。うざい。あとそこは俺の席だ」  三時間目の授業で使う資料を運び教室に入って来た日直の充が、その異様な光景を見て半眼で吐き捨てた。  蒼が涼真と凪と席で話をしていると、そこに凛が来て蒼を軽々と抱き上げたかと思えば、代わりにそこに自分が座り、なんと蒼を自分の膝に乗せたのだ。そして逃がすまいと彼を後ろから抱きしめている。 「これからは俺も仲間に入れてもらおうと思って」  凛がにこりと笑う。片手は蒼の腰に回し、空いた手では彼の頭を撫でまくっている。  これまでずっと女子バリアーに囲まれていた凛がこんな風に行動出来るようになったのも、ひとえにこの日の朝の出来事が起因している。  今朝、登校するや否や凛が蒼を自分の胸にすっぽりと抱き、 『末永蒼と俺は先日めでたく番になったので、これからは蒼にも俺にも手出し無用ということで。特に蒼に何かしようとする馬鹿は男でも女でも容赦なく潰すのでよろしく』  まるで生徒会役員選挙演説でもしているかのような、この上ない美しい笑みでもってそう宣言したのだ。  蒼も含めたクラス中の人間が呆然としている中、充だけが声を上げながら笑い転げていたのが印象的だった。  それからというもの、凛はどこか吹っ切れたように堂々と蒼と一緒にいるようになり、周囲に見せつけるようにベタベタするようになったのだ。 『誰が可愛い蒼にちょっかい出すか分からないから、牽制してるんだ』  凛はそう断言した。 『【アルファはオメガと番になると嫉妬深くなったり独占欲が強くなる】って聞いたけど、ここまで分かりやすい、マニュアルみたいな変化もそうそうないだろ! あ~おっかし~!』  この時は二人の番っぷりに涙を流しながら笑っていた充だったが―― 「嫌だね。おまえが側にいたら俺と凉真が霞んで彼女が出来なくなる」  仲間に入りたいと言った凛に向かい、充は嫌悪感を隠すことなくシッシッと手を振った。 「え、充、彼女いるじゃん」  凛の中でずっと固まっていた蒼が、やっと言葉を絞り出した。 「馬鹿だな蒼、どう考えてもこいつがいたら彼女が目移りするだろ? いくら蒼という番がいると言っても、真性のイケメンの前ではそんなの気にしないのが女の怖いところなんだよ。実際、鳴海に番がいるって噂が立ってこいつが肯定した時も、めげずにまとわりついてた女子が何人もいたろ」 「顔だけで男を選んでフッてくるような女、みっつんの方から願い下げしてやればいいのにぃ」  凪がニヤニヤして充をからかう。充がこんな焦りを見せているような状況は滅多にないので、それを楽しんでいるようだ。 「あーでもそれはしょうがないかも。充だって今まで結構顔だけで女の子選んできたしな。これはアレだ、インガオーホーってやつだ」  蒼がここぞとばかりに充の女性遍歴の一部を暴露する。充は誠実を装っているが根は腹黒く、女の子を選ぶ基準はまず顔である。「俺だけじゃなくて相当数の男はそうだろ、むしろ人類の半分以上は、と言ってもいいくらいだ」と、蒼の前では開き直って壮語している。 「蒼おまえ……誰のお陰でこのヘタレと番になれたと思ってやがる……」  充が絶対零度の視線で蒼を射抜く。いつもの蒼ならこの睨みに耐えきれず引き下がってしまうのだが、愛しい凛のためならと珍しく反撃する。 「凛はヘタレじゃないよ!」  すると充は心底嫌そうに顔を歪めた後、 「は? こんなのただのヘタレだっつーの。俺が背中押してやらなきゃ蒼に告白すら出来なかったくせに」  と、凛を嘲笑いながら指差す。 「凛をこんなのって言うなよ!」  凛の腕の中から蒼が充に突っかかるが、腰を抱く凛の腕の力が強くなり、蒼を抑える。 「蒼、俺は他のやつに何て言われてもいいよ。蒼が俺のことを好きでいてくれさえすればいいんだ」  そう言って凛は蒼の頭に愛おしそうに頬ずりする。 「凛……うん、分かった……」  【オメガはアルファと番になると、従順になる】という定説を体現するように、蒼は素直に凛の言うことを聞きしおらしくなる。 「頼むからいちゃつくなら人目につかないところでしなよ!」  二人のいちゃいちゃぶりにうんざりした凪が、目を剥いて抗議した。      ***  時は少し遡り――  両親と翆が旅行から帰って来た日、蒼は凛が自分の運命の番であり、既に二人が番の契りを交わしたことを報告した。 「あらぁ……こんな美形な息子が出来るなんて……どうしましょ」  美穂子は凛を見てほぅ、とため息をつき、姉の翆は、 「私の可愛い蒼がぁあああああっ」  両手で自分の頭をクシャクシャとかき乱しながら目を血走らせ絶叫した。そして凛の胸倉を掴み上げ、 「おいこら凛! 蒼のこと世界一幸せにしなかったら殺すかんな! 肝に銘じろ! 今銘じろ!!」  蒼もドン引きするほどの翠の怒り狂いっぷりを目の当たりにしても少しも動じない凛は、極上の笑みを浮かべ、 「番になったその日にもう銘じました。可愛い蒼くんを一生大事にしますし、『幸せすぎて怖ぇよ』と言わせてみせます」  と自信満々で言い放った。 (この二人、マジ怖ぇ……敵に回したくねぇわ)  蒼は冷や汗をかいた。 「蒼、すぐ近くに運命の番がいてよかったな。大事にしてもらうのもいいが、蒼も鳴海くんのことをちゃんと大事にしなさい」  伸が心底ホッとしたように言った。  父が安堵したのも当然のことで。オメガに番が決まり誰彼構わず誘うフェロモンを発生しなくなるということは、つまり発情期に他種に襲われる危険性が格段に低くなることを意味しているのだ。蒼の家族は彼がオメガになった時にそれを一番心配していたので、早々に番が決まったことで大きな不安要素がなくなったことを、みんながそれぞれ喜んでいた。  もちろん翆も心の中では喜んでいたはずで、散々怒り狂った後には諦めの笑顔を見せて「蒼、よかったね」と、涙ぐんで弟を祝福したのだ。  逆に凛が蒼を自分の家族に紹介した時は、凛の母は「うちの息子たちは二人とも大きくて可愛くない。娘まで大きく育っちゃってもう、こんな可愛らしい息子が欲しかったの~」を連呼して蒼を抱きしめ、姉は「オメガちゃん可愛い可愛い!」と感激して写真を撮りまくり、兄は「へぇ遂に凛も童貞卒業か。おめでと」と、斜め上の祝福をした。 「俺、凛の両親には反対されるかと思ってた。家柄的なもので」  鳴海家への訪問時に酷く緊張していた蒼は、肩の荷を下ろしたようにため息をついた。 「家柄なんて、そんな大層なもんじゃないよ。何代か前にたまたま成功した成金だし。それにうちは運命の番に巡り合えたら万々歳なんだよ。何せうちの家系で成功してるのはみんな運命の番に出会えた人たちばかりだから。祖母もそうだし父もね。でも出会えないからと冷遇されるわけじゃないよ。まぁ一種の験担ぎみたいなものだよ」  凛曰く。過去には番に出会うことなく、生涯独身を貫いた者もいれば、運命の番とは出会えなかったが、お互いに好意を抱いていたオメガと番として生きた者もいたという。 「そっか……番に出会えなかったとしても幸せになれればいいな、みんな」  蒼がしみじみ言うと、 「蒼は優しいね。そういうところも大好き」  凛がその小さい身体を抱きしめた。蒼も両腕を凛の背中に回す。 「俺も好きだよ、凛……だから、浮気するなよ?」 「それは心外。俺は心配ないよ。それより蒼……お願いだから竹内に心変わりしないで」 「そっちの方が心配ないって」  確かに蒼にとって充は大事な人と言えるが、それはあくまでも親友としてだ。世界で一番愛しているのは凛しかいない。 「心配だよ。竹内は俺よりずっといい男だからね」 「そうかなぁ……」  俺にとっては凛が一番だけどなぁ、と、蒼は凛の胸の中で呟いた。 「竹内がアルファだったらすごいことになっていただろうね」 「あ、俺もそれ思ったことある」  蒼が凛を見上げる。 「そしたら俺、蒼を巡って竹内と対立していたかも知れない」 「あははは、何だよそれ」 「でも竹内がアルファじゃなくてよかった。……もしそうだったら、蒼は竹内を選んでいたかも知れないから」  不安なのか、抱きしめる腕に力を込める凛。光り輝くほどに見目麗しく、欠点など探しても見つからないような男だというのに、こんな普通の塊とも言える自分を失うことに対して底知れぬ恐怖心を抱くものなのかと、蒼は驚く。  そしてそんな凛が胸が痛くなるほど愛おしいとも思うのだ。 「凛……俺、もし充がアルファだったとしても、おまえを選んだと思うよ」 「本当に?」  その目にほんの少しの不安と大きな期待を宿らせて、凛が問う。 「だって、凛は俺の運命の番なんだから、さ」  目を細めて笑うと、蒼は背伸びをして凛にくちづけた。 【終】
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