花の蜜 53

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花の蜜 53

「森宮さんっ――」  柊一が俺の元に駆け寄ってくる。  その後から雪也くんもやってくる。 「良かったです!」  人目を憚らず、柊一が俺の胸に飛び込んでくれた。 「すまなかった。心配させたね」 「うっ……ちゃんと、ここに戻って来てくれましたね」 『戻る』という言葉を、柊一が使った真意。  やはり連絡なしの遅刻から、両親との辛い別れを連想させてしまったのだ。君を悲しませてしまった事に、申し訳なさと切なさが込み上げてくるよ。 「あぁ俺が戻る家は、今日からここだからな」  柊一はさっきまで泣いていたようで、目元が薄っすら赤くなっていた。  でも彼は涙ではなく、笑顔を浮かべてくれた。 「はい、皆が信じて待てと言ってくれたので、頑張れました」 「兄さま良かったですね。僕もとても心配で……本当によかったです」  雪也くんは俺ではなく、柊一の胸に飛び込んでいた。  彼のまだ少年の華奢な躰を、柊一が愛しそうに抱きしめている。 「雪也……森宮さんは、ちゃんと僕らの元に戻ってくれたね」 「はい! あぁ兄さまも、やっぱり不安だったのですね。僕も何だか思い出しちゃって」 「ここへ来る道すがら怪我人と遭遇して病院へ行っていたのだ。白衣のままですまない」 「あっ……これは白衣だったのですね。僕はてっきり白いマントを纏っているのかと」  柊一が、恥ずかしそうにボソッと呟いた。  おいおい、君のその健気で可愛らしい一言一言が、どんなに俺を高揚させると分かっているのか。 「そう見えたのなら、せめてもの救いだな。俺はいつだって君の騎士(Knight)だ」 「くす、もぉ……海里先生と兄さまってば、いつも『まるでおとぎ話』のようなことばかり言って……ふたりでイチャイチャしすぎです!」 「あははっ」  柊一が珍しく声を出して笑った。鈴を転がすような、澄んだ声で――  木漏れ日の中、笑顔が弾ける、溢れる。    中庭(Atrium)に咲く、俺の花。  白薔薇のように清らかな君。  柊一の肩を抱き寄せ、彼の左手と俺の右手をしっかりと繋ぎ合った。  その輪の中に、俺たちの子供のように大切な雪也くんを入れて包んでやった。    俺は、この先の人生……ここに愛情を注いでいく。  柊一と雪也くん、ふたりの兄弟と俺の人生を重ねていく。 「愛してるよ、柊一」 「僕もです」 acf4c803-7abb-4db3-89e8-e2a73ad30eb3 イラスト/ おもち様 @0moti_moti0 ****  それは『まるでおとぎ話』のような光景だった。  しあわせの輪というものが存在するなら、まさに今目の前にある。  海里と柊一さま、雪也さまが、手と手を繋いでひとつの輪になっている。    目映いまでの光の輪が生まれた。  柊一さまと雪也さまの艶やかな黒髪に太陽が降り注ぎ、天使の輪が出来ている。  僕の横に立つアーサーが感慨深げに言った言葉にハッとした。 「瑠衣……白衣を着た海里は、大天使ラファエルのようだな」 「ラファエル?」 「あぁラファエルという名前には、『天の医者』という意味があるんだよ」  肉体的にも精神的にも痛みや傷を抱えた時に、大天使ラファエルを呼ぶと、安らぎに満ちた空気が流れ、ストレスと不安を和らげてくれるのだとアーサーが教えてくれた。  まさにそれだ。 「瑠衣、君のそのカメラで、彼らのこの瞬間を撮ってあげるといいよ」 「あっそうだね」  旦那さまが遺していかれたカメラを構えると、旦那さまと奥様の気配を近くに感じた。  ファインダー越しに見る世界は、天に召されたお二人が見たかった世界だ。  カシャカシャ――  シャッター音に振り向いた柊一さまは、ハッとした表情でカメラを見つめた。 「瑠衣、そのカメラって、もしかして僕のお父様のものでは?」 「そうですよ。天国のご両親さまにかわって、このカメラが柊一さまと雪也さまの幸せを見届けます」 「そうか……ありがとう!」  しあわせ溢れる笑顔で、柊一さまと雪也さまが、こちらを見た。  もう大丈夫だ。  このご兄弟の未来は明るい――  海里が傍にいてくれるから、大丈夫だ。  
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