庭師テツの番外編 鎮守の森 26

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庭師テツの番外編 鎮守の森 26

「いいかい? 作業場は危ないから、雪也は絶対に近づいては駄目だよ」 「はーい……兄さまはテツさんとケイトさんと一緒に働けていいですね。あー僕も早く皆さんに混ざりたいです。いつも味噌っかすで……少しつまらないです」 「……雪也も手術が終わったら、出来るようになるよ」 「はーい」 「よしっ、いい子だね」  よく似た風貌の、上品な兄弟のやりとりは可愛らしいものだった。どうやら弟の方は身体が弱いらしい。しかも手術って、何か大事なのか。  そう言えばおれにも、かつて……弟たちと年の離れた妹がいたのを、久しぶりに思い出した。  皆、可愛かった。おれが長男で、弟たちとは年も近く一緒に遊んだし、妹はおれが育てたようなものだ。  貧しい農村だったが、両親と祖母と茅葺屋根の家で幸せに暮らしていたのに……祖母が亡くなってから一転した。  幼い弟や妹を食べさすために、ある日おれは突然選ばれ、生贄として差し出されたのだ。  あの時の恥ずかしさは、今思い出しても辛い。男なのに、何から何まで女物の衣を着せられた。肌着まで……あの日の屈辱は忘れられない。  恥ずかしくて染まる頬に、おしろいを塗りたくられ紅をさされた時の、周囲の視線と言葉は酷いものだった。 (桂人は出来損ないだな。こんなに女子の衣装が似合うなんて怪しいものだ。きっと女に生まれてくるのに間違ってしまったんだ。だから生贄にぴったりだ。出来損ないだから、生贄にしてしまおう) (桂人ほど綺麗ならきっと気に入って下さるだろう、森を司る神様も)  なのに、地主はそれを見過ごさなかった。 『この嘘つきめ! 森宮の血筋を穢すつもりか!』  命からがら舞い戻った実家で、追っ手から匿ってもらえると期待したのに、その仕打ちは悲惨だった。 『ば、化け物!! 何で舞い戻った? どうして生きている?』  すぐに地主の手下がやってきて、まるで屑のように躰を蹴られ、社に再び押し込められてしまった。 『どうして……? 息子が無事だったのに、生きていたのに、こんな仕打ちを?』 『桂人……もう金を使ってしまった。今更返せない。弟や妹のためだ。どうか分かってくれ、許せよ』  もしかしたら……父さんも母さんも、泣いていたのかもしれない。だが絶望したおれには、もう何も聴きたくない、見たくない世界だった。 「すみません。お待たせしました」  柊一さんが済まなそうに近づいてきた。 「いや……弟……思いだな」 「……雪也は、ただ一人の肉親なので、つい甘くなってしまいます」 「そうか」  肉親か……  おれは、もう誰の顔も朧げにしか思い出せない存在だ。 「桂人、今日の作業は少し大がかりだ。作業に集中しろ」 「はい!」  見れば長い木材が、小屋の前に沢山立てかけてあった。 「これは何に使うのですか」 「秘密の庭園の歩道に、木道を渡す予定なんだ」 「なるほど」 「よし、運び込むぞ」 「はい」 「今日は桂人がいるから捗りそうだ。嬉しいよ。正直、柊一にはこの作業が無理だからな」 「おれは何でもやりますよ」  テツさんのためなら──  もう邪念は振り払おう。  もう戻って来ない日を恨んでも無駄だ。  今はテツさんの役に、少しでも役立ちたい。  せめて今だけは…… 「桂人は、ずっとこうやって俺の傍で働いてくれるよな」 「……」  何故か、熱い眼差しのテツさんに問われる。  もう充分生きた。  この世を去る覚悟の上、森宮の館にやってきたはずなのに、心が風に吹かれる木の葉のように、また揺らいでしまう。 「おれは……」
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