その後の日々 『冬郷家を守る人』 6

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その後の日々 『冬郷家を守る人』 6

 目覚めると、テツさんに背後から抱きしめられていた。  昨夜、彼と何をしたわけではない。ただ優しく抱きしめられたまま、一つのベッドで眠っただけだ。  深くあたたかな眠りを供給されたお陰で、朝まで一度も起きなかった。  こんな風に彼の鼓動を背中に感じながら横になっていると、あの中秋の名月の朝を思い出す。おれの躰には、あの時はテツさんの一部が深く挿入されたままで、慣れない感触、奇妙な感覚にたじろいだ。  人と人って不思議だ。  男同士でもちゃんと繋がれ、しっかり重なるように出来ている。そんな漠然としたことを、我が身をもって感じていた。  ベッドから抜け出て窓の外を見ると、庭に人影を感じた。天使のように見えたのは、柊一さんの弟の雪也くんだった。早起きしたらしく、庭先で落ち葉を踏みしめては、ひとりで静かに遊んでいた。少しだけ寂し気だ。 「弟……か」  おれにも年の離れた弟がいたのを思い出した。いつも遊んでやったな。あの子は小さくて目が離せなかった。  おれにとって雪也くんは似たような存在だ。以前彼が庭で転んでしまい、そこに木材が倒れてきたのを庇ったことがあった。ひとりにしておくのは、危なっかしい。よし、おれが行って遊んでやるか。 「テツさん、ちょっと下に行ってもいいか」  返事はなかった。彼はまだぐっすり眠っていた。 「ふぅん……案外、寝坊助なんだな、テツさん」  意外な弱点を見つけたようだ。でもそれでいい。彼はおれたちの未来のためにずっと奔走してくれたから疲れているのだ。今は休ませてあげたい。  作務衣に着替えて庭に出ると、雪也くんが目を見開いて驚いた。 「わ! ケイトさんが一番早起きなんて意外です。しかも、そんな薄着で寒くないんですか」 「ん? おれは一年中この格好だ」 「わぁ~やっぱり鍛えていらっしゃるのですね。格好いいです」 「……格好いい?」 「えぇ、兄さまもケイトさんの男らしさを羨ましがっていましたよ」 「ふぅん?」  そんな風に言われるのは、悪くないな。 「そうだ、少し遊んでやるよ」 「え、でも……海里先生も兄さまも、激しい運動は駄目だと」 「あぁそういえば心臓が悪いんだったな。じゃあ君がしてみたかったことを、おれがしてやるよ」 「わぁ‼ いいんですか。あの……あの、木登りって上手ですか。僕、一度してみたくて。でも兄さまは登れないし……」 「あぁ、そんなのお安いご用だ」 「じゃあぜひ! 僕の代わりに見てきて欲しいんです。あそこから何が見えるのか、知りたくて」  無邪気に頼まれて、故郷で小さな弟と遊んだ日を思い出してしまった。 『にーちゃん、あの柿、たべたい』 『いいよ。取ってきてやる』 『わーい! わーい!』  鼻水を垂らした弟のひもじい顔を満たしてやりたくて、食べられそうなものなら、何でも取ってやった。 「どの木だ?」 「あ、あのお屋敷に近い木です。いつも部屋の窓から眺めていて、木登りしたいなって思っていたので」 「了解だ」 「登ったら何が見えたのか、教えてくださいね」 「あぁ事細かく教えてやるよ」 「うわぁ、楽しみです」 「この木だな」 「はい! そうです」  お前は椎の木か、ここの古株だな。  幹に触れて状態と向き合い、木に登る了解を得る。 「よし、登らせてもらうぞ」  常緑の高木に足をかけ、するすると木登りした。    さぁ何が見えるのか。  おれも知りたかったのさ、新しい世界の眺めを。
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