その後の日々 『冬郷家を守る人』 14

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その後の日々 『冬郷家を守る人』 14

「ン……っ、海里さん……?」    頬を撫でる指が擽ったくて目覚めた。見上げると海里さんがすぐ横に腰掛けて、僕の髪を優しく指で梳いていた。愛おし気な視線が温かく、再び眠気に誘われた。  だって……まだかなり甘い余韻が僕の躰を占領している。怠いな…… 「あ……ケホッ、コホッ……」  喉の調子も変で、声がうまく出ない。 「おはよう。柊一、水を飲むか」 「……は、い」  頭もぼんやりしている。昨日の僕は海里さんに沢山求められて、必死についていくうちに記憶が飛んでしまったのか。 「ん……美味しい」  身体を起こされ水を飲ましてもらうと、ようやく少し覚醒してきた。 「目覚めたようだね」 「おはようございます……あの……今、何時ですか」  重たいカーテンは既に開かれ、朝日が燦燦と射し込んでいる。ということは…… 「もう9時近いよ」 「ええっ!」  やっぱり! いつもより2時間以上も長く眠ってしまったのか。ありえない寝坊にギョッとするよ! 「昨日は可愛かったよ。お腹、空かない? 」 「……空きましたが」    確かにペコペコだ。というか……大変だ、朝食の仕度をしていない!     慌てて海里さんを押し退けてベッドから降りると、腰が抜けたようにヘナヘナと、床にしゃがみこんでしまった。腰が重くて痛くて、立っていられなかった。 「おい、大丈夫か」 「か……海里さん」  昨日の僕はどれだけ彼に愛されたのか。まるで初夜の朝のような醜態に耳まで赤くなってしまう。 「悪かったよ。久しぶりだったので……止まらなかった」  恨みますよと言おうと思ったが……海里さんに抱き起され耳元で甘く囁かれると、やっぱり愛おしさが込み上げて来た。こんな素敵な人に、ここまで愛されたのが嬉しいのだ。  海里さんの相手は……僕でいいんだ。そう思えると安堵した。 「怒っている? 」 「いいえ……嬉しいです」 「じゃあ、一緒に降りようか」 「えっ!! 」  視界が上昇し躰がふわりと浮いたので、慌てて彼の首に手を回して、しがみついてしまった。これってあの朝と同じ状況だ。 「君をこうやって横抱きにして階段を降りたくて、昨日から楽しみにしていたよ」 「……それって、確信犯なんですね」 「まぁね」  ウインクする海里さんは、朗らかに上機嫌に笑っていた。  **** 「アーサーさん、僕の話を聞いて下さってありがとうございます」 「いや、他人事じゃなかったからね」 「なんだか、もやもやしていたことを話せてスッキリしたし、前向きに頑張ろうって思えました」  アーサーと雪也さまの話を最初は和やかに聞いていたが、段々、心中が穏やかでなくなってしまった。    2年前、僕が英国に戻った時、病に伏していたアーサーも今の雪也さまと同じ胸中だったのかと、切なくなった。  手術に臨む当事者にしか分からない、心の葛藤や痛みがある。この世に産まれた日からずっとご成長を見守って雪也さまの心の内は、分かったつもりでいて、分かっていなかったのだ。 「瑠衣、どうした? 表情が暗いぞ」 「……なんでもないよ」  アーサーが心配そうに僕の様子を伺うので取り繕ったが、きっとすぐに君にはバレてしまうね。若い頃から僕だけをずっと見つめてきてくれた君だから何でもお見通しだ。  あの英国での日々、君と会えなかった期間も、いつも君の視線は僕に向けられていた。 「瑠衣、そんな顔するなよ。大丈夫だよ。『心』は、その人のものだ。さっきは雪也くんの気持ちに寄り添ったが、俺だって彼のすべてを分かったわけではない。でも俺が病で伏している時、駆け付けてくれた君の存在に励まされたように、雪也くんにとって、俺の言葉が少しは役立ったのなら嬉しいよ」  相手を慈しみ相手を思って発する一言は、必ず相手の心を打つ。 「きっと届いたよ。僕も君の存在に、どんなに助けられたことか」 「それは俺もだよ」    そのまま感極まって互いに抱き合いたくなったが、雪也さまが可愛い顔を傾けていたので、慌てて離れた。 「あのぉ、おとりこみ中アレですが……瑠衣、フライパン……焦げているよ」 「あ、あぁ! わっ大変だ! 」 「瑠衣、落ち着けって」 「ふふ、瑠衣にもそんな面があるんだね。なんだかホッとした」  幼い雪也さまはご自身の病で精一杯だから、絶対に僕は弱味を見せてはいけないと気を付けていたが、もう……そうではないのかもしれない。 「はい。僕にも……弱い部分が……沢山ありますよ」  そう素直に伝えられた。  このご兄弟の前では、僕は僕をもっと出していこう。  もっと心を近づけたい相手だから。  
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