その後の日々 『冬郷家を守る人』 15

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その後の日々 『冬郷家を守る人』 15

「なんだか今日の瑠衣は……すごく近くに感じるよ。うれしいなぁ」  雪也様が幼い頃のように僕に抱きついてきたので、久しぶりに彼を抱っこしたくなった。でも想像より身体が成長されていたので、うまく持ち上げられなかった。  ん? これは少し情けない。きっと英国でアーサーに甘やかされ過ぎたせいだ。僕に重たいものを徹底して持たさないせいだ。  雪也様はお顔は柊一様と似ているが、体格はどうやらお父様似のようで、しっかりした骨格をお持ちだ。だからきっと将来、僕の背も体格も抜いてしまうだろう。華奢な柊一様よりも大きくなりそうだな。 「ははっ、それじゃ瑠衣が折れそうで可哀想だな。雪也くん、ほら、こっちにおいで」  僕よりずっと高身長で体格のいいアーサーが、高々と抱き上げてくれた。 「うわ~っ高い! すごい!」  身体は大きく成長されたが精神年齢はまだ幼い雪也様が、屈託のない笑顔を浮かべている。  いつの間に……こんなにも溌溂とした笑顔をされるようになったのか。  そうだ……僕が去った後、柊一様が、必死にこの笑顔を守り育てて下さったのだ。じわじわと感謝の気持ちが込み上げて来て、今すぐ柊一様に会いたくなってしまった。 「そろそろ、柊一様を起こしてきますね」 「んーそれは野暮じゃないか」 「でも、もう9時過ぎているし、流石に起こさないと」  これって長年培った執事魂だな。    廊下に出て二階へ続く階段を見上げると、おとぎ話の主人公のように柊一様が、幸せそうに海里に抱かれて階段を降りていたので、目を細めた。  お幸せそうですね、相変わらずたっぷり愛されて…… 「……柊一様、おはようございます」 「え? わ、瑠衣!! ご、ごめん。こんな姿見せて」 「おい、瑠衣は野暮だな」 「海里、君は昨夜一体何をしたんだ? 」  足腰が立たなくなる程、柊一さまを抱いたのか……という言葉は、呑み込んだ。自分だって散々アーサーと抱き合ったのだから、そんこと言える筋合いではない。  柊一さまは「もう降ります」と恥ずかしそうに藻掻いていたが、海里には通用しない。  柊一様は、海里がようやく手に入れた大切な存在だ。  だから僕は海里を応援したい……  英国でふたりで暮らしていた頃から、海里がずっと探していた相手だから。  おとぎ話のように和やかな時間が流れているのが、今の冬郷家だ。  旦那さまや奥様はもうこの世にいらっしゃらないが、天上から愛が降り注ぎ、深い愛情で包まれている。    柊一さまが引き継いだお屋敷には、毎年、満開の花が咲くだろう。 **** 「テツさん、腹、減った」 「ははっお前って奴は、ムードないな」  桂人を朝から激しく抱いた。そのまま抱き潰すはずが、なかなか手ごわかった。感じてよがりまくっていたクセにタフな奴だ。まぁ俺は彼のそんな所が気に入っているのだが。  強く……しなやかな男だな。 「そろそろ飯に行くか。きっと柊一さんが作った珍しいものが、沢山並んでいるだろう」 「ふぅん……何だかまだ慣れないな。こんな平和な生活」  平和に慣れないか。  彼にとっては、普通が珍しいのだ。  そんな彼の歪んだ感覚が切ないと感じたが、同時に俺が今までと違う朝を迎えさせてやることが出来たのだと、嬉しくもなった。  俺のあとにシャワーを浴びた桂人が、裸のまま堂々と部屋に戻って来た。  水滴を纏う細身だが引き締まった身体が、朝日に照らされて美しかった。  鍛えられた躰……同時に俺が愛す躰だ。 「早く、行こうぜ」 「まったく、食いしん坊だな。ほら、まずは躰を拭け」 「……テツさんにいっぱい食われて、空腹なんだ」 「おいおい、それを言うなら、俺も桂人にたっぷり持って行かれた」 「ははっ、テツさんからしたら確かにそうだな」  彼の躰を優しく拭いてやると、誰かに世話されるのに慣れていない桂人は、借りて来た猫のように、急に大人しくなった。 「可愛いよ。桂人……」 「朝から甘ったるいことばかり……もう、言うなよ」  羞恥に頬を染めて、そっぽを向く桂人の横顔に明るい朝日があたった。 「俺の桂人だ」  やっぱり美しい男だと、しみじみと感心してしまった。
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