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峠の先 6
「桂人さんには、僕の未来が見えるの? 僕は、ちゃんと大人になれるの?」
「あぁ、そうだ! だからしっかりしろ! たとえ手術中に身体から魂が離れて黄泉の国付近を彷徨っても、必ず戻って来い! 必ずおれたちの元に」
「は、はい」
乱暴だが力強い桂人の言葉は、雪也くんを奮い立たせたようだ。
そうだった。桂人自身が死の淵を彷徨い、あの世の入り口まで行ったのだ。
だから……真実味のある重たい言葉だった。
「かいりせんせい……ごめんなさい。甘えて……」
俺の腕の中で恥ずかしそうにもぞもぞし出したので、そっとラグの上に座らせてやった。
「あ……兄さま……どこ?」
「ここだよ。ゆき」
「さっきは、ごめんなさい。あ……あの、ひどい言葉を言ってごめんなさい」
柊一は首を横に振り切ない表情のまま……雪也くんをそっと両腕で包み込んだ。
「いいんだよ、ゆき……ずっと我慢していたんだね。もう、大丈夫だから……もう我慢しないで」
「兄さま」
両親亡き後、孤軍奮闘していた柊一。
柊一も弱音を吐かなかったが、雪也くんも同じだ。
この兄弟は天使のように清らかで、気高いのだ。
「俺が守るよ。二人共、だから安心してくれ」
「海里さん、俺たちもいますよ。何なりと頼って下さい」
後ろを振り向けば……テツと桂人が肩を組んで微笑んでいた。
「ありがとう! 頼もしい援護射撃だ」
「さぁクリスマスパーティーの続きをしましょう」
和やかな食事の後は、プレゼント交換をした。
「これを俺たちに?」
「はい、冬の庭仕事は寒くて大変です。どうか身体を大事にして下さい」
「参ったな。庭師はそれが仕事なのに、柊一さんって人は……」
焦げ茶色のミルクティー色のニット帽とベストをもらったテツと桂人は、照れくさそうに顔を見合わせていた。
「雪也には、本をプレゼントするよ」
「わぁ……兄さまの選ばれたものはどれも素敵なおとぎ話で、うっとりします」
雪也くんもすっかり機嫌よくなったようだ。
「雪也くん、俺たちからはこれだ」
テツと桂人は、雪也くんに紅茶の缶を渡した。
「中身は、身体を温めて風邪を引きにくくするハーブティーだ」
「わぁ、何よりです」
それはいい。年明けの手術まで風邪を引くわけにはいかないから。さてと次は俺の出番だな。
「雪也くんに俺からはこれだ」
「あ……万年筆にレターセットですね。これで英国の瑠衣に手紙を書きます。それから皆にも入院中お手紙を書きます」
「あぁ、ぜひ有効に使ってくれ」
雪也くんは、スケッチブックに描いた絵を額に入れたものを取り出した。
「あの……僕からの贈り物です」
「驚いたな、君はこんなに絵が上手だったのか」
「幼い頃から外で遊べない代わりに、家で絵を描いていました」
それは英国の風景や白薔薇の咲く庭……雪国の清らかな風景だったりと、夢と希望に溢れた明るい色彩にほっとした。
未来が見える。君の明るい未来が、俺にも――
最後にテツがおもわせぶりに、俺に贈り物をしてくれた。
「海里さんたちにもハーブティーですよ」
「へぇ、これはどんな効能があるんだ」
「飲んでからのお楽しみですよ。ふたりで飲んでみて下さい」
「なるほど」
夜に飲んで見るか。案外気が利くな、テツ――
****
「桂人、こっちに来い」
「あ……うん。これ……ふわふわで暖かいな」
ウールのベストに触れながら、桂人がうっとりとしている。
「そう言えば、先ほど、不思議なことを告げていたな」
「あ……雪也くんに言ったことか。たまに……あるんだ。その人に触れると、ふっとワンシーンだけ、未来が見えることが」
「予知能力か」
「さぁ……おれ自身のことは、分からないのにな」
「そういうものなのか。じゃあ俺のも無理か」
桂人が、気まずそうにボソッと呟いた。
「テツさんのは……分かる」
「へぇ? 俺の未来はどうだ? お前としっかり抱き合っているか」
「……テツさんは……浮気をしていたよ」
「えっ!?」
身に覚えのないことだし、この先も桂人以外の人間に関心は持てそうもないのに?
「お、おい、相手はどんな奴だ?」
「ははっ、白くて……小さくて……可愛い奴だった」
「なんだって。誓って俺は浮気などしないぞ!」
「ははっ、だが……乳までやっていたぞ」
「ち、乳だと? お、俺は女じゃないぞ」
「だよな」
桂人が愉快そうに肩を揺らす。
「なんだ? でたらめか」
「いや、その日が来たら分かるよ。おれはきっと妬くだろうな」
「コイツ、意味不明なことばかり言って」
涙を目の端に浮かべて笑う桂人が可愛くて、手首を引っ張って呼び寄せた。
「クリスマスは恋人同士の愛を確かめる時だそうだ」
「そうなのか。じゃあおれたちもしっかり抱き合わないとな」
甘く艶めく桂人の唇を、勢いよく貪った。
それが合図だ。
聖なる夜……雪が降るように、俺たちの愛を積もらせよう。
互いの身体に。
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