羽ばたく力を 21

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羽ばたく力を 21

「やぁ雪也くん」 「アーサーさん!」  アーサーが病室に入ってくると、一気に場が華やぐ。  相変わらず僕のアーサーは、格好いいな。  少し特別な色味のアッシュブロンドの髪はいつも眩しいし、華やかで穏やかな眼差しは僕の永遠の憧れ。  誰が見ても甘いマスクの華やかな顔立ち。英国紳士らし外見に、思わず「ほぉ」と感嘆の溜め息を漏らしてしまった。 「瑠衣、良かったね」 「え……えっと」  しまった。雪也さまに見られてしまった。 「薔薇色の君は、瑠衣だけじゃない。アーサーさんもだね」 「ん? どうした? 俺の話?」 「あの、アーサーさん、ごめんなさい」 「どうして謝る」  雪也さまが嬉しそうにスケッチブックをアーサーに手渡す。 「もう我慢できなくて、僕がスパイだってことを明かしちゃいました」 「ははん、ということは、大収穫でも?」 「えぇ! ご覧下さい。きっと気に入って下さると」 「 That's great!  Wonderful! Fantastic !」  アーサーはスパイの雪也さまの提出物に、大喜びだ。 「それにしてもよく描けている。雪也くん、君には絵の才能があるな」 「そ、そうでしょうか」 「あぁ、今度俺と瑠衣の物語に挿絵を描いてくれよ」  ギョッとした。 「なんです? それは」 「そうだなぁ、おっと、まだまずいか。君が恋をして愛をしたら読ませてあげるよ」  流石のアーサーも、まだ未成年の雪也さまには読ませないようでホッとした。 「アーサーさん、僕、この胸の傷が好きになりました。この傷を躊躇無く見せられる相手と、巡り会いたいです。アーサーさんと瑠衣のように、兄さまと海里先生のように……僕の周りは愛が溢れています。深くて温かくて優しい人ばかり……」  雪也さまは、頬を紅潮させていた。  男ばかりの世界で偏った環境なのに、真っ直ぐに受け止めていただけることに感謝しています。何よりお兄様の柊一さまをいつも敬い、慕われるお姿に感謝を。 「アーサーさん、約束ですよ」 「あぁだから任務を続行せよ。これは今日の謝礼だ」  アーサーが雪也さまに渡したのは、1本の色鉛筆だった。 「いい色だろう。瑠璃色と言うそうだ。瑠璃の『瑠』は瑠衣の文字だったから気に入ったんだ」 「綺麗…… 鮮やかな美しい青色ですね」  ****  その晩、僕はベッドの中で、アーサーの瞳をじっと見つめていた。 「どうした? 瑠衣?」 「ん……君の瞳の色……最近、青色がぐっと濃く深くなった気がして」 「そうか、きっと瑠衣を見過ぎて色が変わったのさ」 「え……もう、君って人は……」 「だってそうだろ。瑠衣の瑠は『瑠璃色』から来ているんだろう」 「そうかもしれないが……」  名前は母さんがつけてくれたと聞いていた。 『るーい、るい、可愛い、るい。あなたの名前はね、漢字だとこう書くのよ』 『えっと、母さん、これ書きにくいよ……むずかしい』 『瑠衣の瑠はね、宝物という意味の他にもあって……『瑠璃色』から来ているの。お母さんの故郷にはね菖蒲の花が綺麗に咲いていて、五月には菖蒲を叩いて小さな男の子が集落を周り邪気を払う行事があったの。だから……瑠衣を守る名前なのよ」   瑠璃色とは、紫がかった濃い鮮やかな紺色、菖蒲の色だ。 「俺は瑠衣を抱く時、君の身体の中に入らせてもらうが、俺の身体も瑠衣を吸い込んでいるのさ。俺たちが重なる、一つになるって、そういうことだ」  アーサーの言葉は不思議だが、納得できた。 「僕にとってアーサーの瞳は『ウルトラマリン』のブルーだよ。ウルトラマリンは瑠璃色の宝石の材料で……その名の由来は『海を渡って運ばれて来た青』なんだって」 「へぇ? 海を渡ってはるばる英国に来てくれた瑠衣みたいだな」 「それもあるけど……こうやって日本に何度も一緒に来てくれる……君みたいでもあるよね」  二人の言葉は重なり、唇もそっと重なった。  海を越える青――  日本と英国を跨ぐ愛を繰り広げる僕らのテーマカラーは、瑠璃色だ。  
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