永遠の誓い 9

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永遠の誓い 9

「ユキ! 歌舞伎の後は現地で自由解散だってよ。なぁ、寄り道していかないか。新橋に美味しい甘味屋があるんだ。って……やっぱり駄目か」 「いや、もう大丈夫。帰りに寄ってみよう」 「う……っ」 同級生の谷口は幼稚舎から一緒で、休みがちだった僕によくノートを貸してくれた気のいい友人だ。 「やだな。なんで泣くんだよ?」 「いや、ユキ……健康になって良かったなぁと思って」 「うん。手術してから調子がいいよ」 「そうか。頑張ったな。ユキ!」 「わ、よせって。くすぐったいよ。ははっ!」  僕の心も五月晴れだ。  胸の手術痕はまだ棒が入っているように突っ張っているが、あんなに重苦しかった身体が、ぐっと楽になった。  ずっと行ってみたかった校外行事に送迎なしで参加できるのが嬉しくて、朗らかに笑った。  ふと……優しく僕を見守る視線を感じたので、辺りを見渡すが誰もいなかった。なんだろう? 海里先生と兄さまの柔らかな視線と似ていたな。  どこにもいないのに、不思議だ。 「ユキ、点呼取ってるぜ。急ごう!」 「うん!」  谷口に誘われて少し走ってみた。  一緒に歩けること、一緒に笑えること。  全部全部、ずっとしてみたかったこと!  海里先生、兄さま、今の僕を見て下さい。  僕はこんな風に一歩一歩、自分の足で大人になっていきます。  *****  そっと歌舞伎座から離れた。  まだ名残惜しかったが、あとは雪也だけの時間だ。  遠慮しよう。  僕はじっと自分の手を見つめた。  この手で小さかった雪也を初めて抱っこさせてもらった日が懐かしいな。 僕に似ている弟は10歳の年の差があって、本当に愛おしい存在だった。卵からかえったばかりの雛のように、いつも僕を探し、僕の姿が見えないと、えーんえーんと泣いた。 「あらあら、まるで柊一がお母さんみたいね……私たちに何かあっても柊一がいてくれたら、安心だわ」  それがまさか皮肉にも現実となってしまうとは。しかし、雪也が僕に懐いてくれていたお陰で、僕も雪也も寂しさを分かち合えて救われたのだ。 「柊一、大丈夫かい?」 「あ、すみません。雪也の元気そうな姿を見られて安心しました。だから  ……」 「だから?」  あぁ……まただ。海里さんの甘い瞳に酔いしれそう。海里さんは英国人の血を1/4持つせいなのか、ブラウンとグリーンが混ざったようなヘーゼルカラーの瞳が柔らかくて好きだ。その瞳に見つめられると、おとぎ話の世界に吸い込まれるようだ。 「あ、あの……二人きりの時間を楽しみたいです」 「ふっ、よく言えました。さぁ少し百貨店の中を歩こう。気に入ってものがあったら買ってあげるよ」 「あ、はい」  和食器売り場を通りかかった時、愛らしい懐紙が気になり足を止めた。 c1b7d28f-76f1-4627-b86c-2542d7fa0f8a 「あ……これ、瑠衣が好きそうです」 「ん? 兎の柄が入っているね。瑠衣は……泣くと目が赤くなって雪兎みたいだなって思っていたのを思い出すな」 「ほら、この懐紙の兎も目が赤いですね。瑠衣へのお礼状を書こうと思っていたので、これを購入してきますね。アーサーさんのお庭でお茶会を開いたことがあると言っていたのね」 「瑠衣、喜ぶよ、あいつは可愛いものが好きなんだ。あ、俺が買ってあげるよ」 「いえ……これは瑠衣へのお礼なので、僕が買います」 「そうか、いつも弟のことを気遣ってくれてありがとう。」  瑠衣は海里さんに取って母親が違うが弟だ。とても近しい存在だ。そして瑠衣は僕の人生にとってもなくてはならない人だ。 「大好きなんです。瑠衣が……あ、海里さんとは別の意味で」 「ふっ、分かっているよ。さぁ買っておいで。その後は紳士服売り場だよ」 「あの、スーツを新調なさるんですか。僕でよければお見立てします」 「ふっ、頼むよ」 「はい。では少しお待ちください」  懐紙を手に、僕はレジに向かった。  ずっと以前……海里さんとこうやってこの百貨店に来たことがある。あの時も一緒に歩くと、まるで雲の上を歩いているような気分だったな。    これは僕の初恋なのだ。そして生涯に渡る愛なのだ。  大切に……大切にさせて下さい。  僕なりに心をこめさせて下さい。  レジから海里さんをそっと見つめて、ふぅと甘い溜め息をついた。  その時、レジ横に並んでいる懐紙が目にとまった。 「あ……これも、これも下さい!」  手に取ったのは青海波の模様の懐紙だった。 0e33138b-0683-49cd-8247-025e8a677f00 「『青海波』は初夏にぴったりな伝統柄ですよね。幾何学模様を型押しで表現したデザインがお洒落ですよ」 「えぇ」  それだけじゃない、込められた意味が好きだ。  青海波は広い海の恵みを感じさせる柄で、無限に広がる波文様に未来永劫続く幸せへの願いと平穏な暮らしへの願いが込められた、縁起の良い古典柄だ。    青海波――  僕が海里さんへ託す想いと、ぴったり重なっている。 あとがき(不要な方はスルーで) **** 可愛い兎の懐紙は読者さまからの贈り物です♡ 瑠衣をイメージして下さいました。ありがとうございます。  
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