霧の浪漫旅行 34

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霧の浪漫旅行 34

 暖炉の前で、四人で寛いだ。  足をマットに投げ出し、手掴みでサンドイッチを頬張る。  マグカップで、紅茶を気軽に飲む。  礼儀正しいマナーは、今日は必要ない。 「こんな時間を持てるなんて……夢のようです」 「そうだな」  柊一くんと海里が顔を見合わせて、頬笑み合っている。  瑠衣もその様子を、心から嬉しそうに見つめている。 「……俺の瑠衣だ」 「え?」 「あぁいや……何でもない」  つい我が儘を言ってしまう。  瑠衣を独り占めしているくせに、俺は心が狭いな。 「ふっ、アーサー 僕たちも手を繋ごうか」  そっと瑠衣が手を伸ばし、ピクニックマットについた手の上に、手を重ねてくれる。  瑠衣の真心が届く。  優しい風が吹く。 「そういえば、柊一くんは、さっき何の本を読んでいたんだ?」 「アーサーさん、この本です」  柊一くんが見せてくれた本には 『Turn the corner(峠を越えて)』と書かれていた。 「この本は知らないな。中を読んでも?」 「もちろんです」  導かれるように本を開いて、俺は衝撃を受けた。  ここだ! ……  そこにお屋敷のお嬢様が、ネグリジェ姿のまま泣きながら駆け寄ってきた。彼女は自分の密告のせいだと己を責めていたが、それは違う。慰める言葉を知らない僕の代わりに、彼が応対してくれた。   「君のことは、妹みたいに可愛らしく思っていたよ。ねぇどうか落ち着いて……」 ……  似ていないか。  似すぎている! まさか、こんなことが現実にあるなんて…… 「この本、少し借りてもいいか」 「もちろんです」 「アーサー? どうしたの?」 「おばあさまに見せてくる!」  **** 「おばあ様! おばあ様!」 「まぁアーサー、どうしたの? 落ち着いて」 「こ、この本を読んで下さい!」 「なぁに?」  おばあ様は不思議そうな顔をして、受け取ってくれた。 「この本の内容……おばあさまから伝え聞いた話とそっくりなんです」 「伝え聞いたって……もしかして……若かりし頃の……私の後悔……懺悔の話?」 「そうです! とにかく目を背けず、最後まで読んで下さい」  おばあ様は眼鏡を取り出して、ソファに座って頁を捲った。  最初は辛そうな顔で読んでいたが、途中から静かな涙が頬を伝った。  今、物語から差し込む『希望の光』を浴びているのだ。 「あ、あぁ……なんてことなの。これは……ハッピーエンドなのね」 「そうです! そうだったのです」 「こんな結末、知らなかったわ。この本はどうしたの? あなたが見つけたの」 「日本からの客人……柊一くんが図書館で偶然見つけたらしいです」 「今すぐ会いたいわ! 今すぐお礼を言いたいわ」  おばあ様の頬が、紅潮している。 「でもAfternoon Teaに招待するのでは?」 「待ちきれないわ!」  おばあ様が少女のように小走りしだしたので、慌ててエスコートした。 「こちらです! 俺たちのピクニック会場に招待致します!」      
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