霧の浪漫旅行 35

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霧の浪漫旅行 35

 庭師の少年と家庭教師の青年の秘密の恋を密告したのは、私だった。  失恋と妬みから生まれたどす黒い感情に支配されて、彼らの幸せを権力で壊してしまったのよ。  あの晩、仕置き部屋で鞭打たれた少年の悲鳴、鞭のヒュンっとしなる音が耳にこびりついているの。  人伝で後日聞いた話は、『二人は峠を越えている最中に、滑落して死んでしまった』  そんな結末だった。  それ以来、ずっと自分を責めていた。  謝りたいのに、許して貰いたいのに……あの人達は死んでしまった。  その現実は、少女の私にとって重すぎるものだった。  なのに……今、読んだ本は何なの?     途中までは私の記憶通りに事が進み、途中からは私の聞いた話とは違う結末を迎えていた。  ルカ――  あの子の名前はルカだったのね。そして家庭教師の青年はウィリアムさんだった。  この本が真実なら、あの人たちは幸せだったのね。  信じよう! この本に書いてあることが真実だと。  信じたいの、どうか信じさせて―― 「おばあ様! お待ちください!」 「アーサー、ごめんなさい。興奮して」 「おばあ様、信じられないほど足が速くて、驚きました」 「背中に羽が生えているようだったわ」 「そのようですね。さぁここですよ」  ノックして入ると、中には瑠衣と瑠衣の兄の海里さん、そして……初めてお目にかかる日本人の青年がいた。 「あなたなのね、この本を見つけてくれたのは」 「あ……はい、はじめまして。僕は冬郷柊一です」  ルカ――!?  一瞬ルカの顔と重なった。  よく見れば、彼は生粋の日本人の顔をしているの、どうして?  でも、やはりルカに少し面影が似ている気がして衝撃を受けた。 「あ……なんてこと……あなたは天使なの? それとも光?」 「え?」 「お久しぶりです。アーサーのおばあ様」 「海里さん」 「柊一は俺の恋人ですよ。天使のような存在で、俺にとって光です」 「あ……そうだったのね」  海里さんと柊一さん……お似合いだわ。  アーサーと瑠衣と同じくらい、輝いているのね。 「愛しい人の存在は、いつの世も天使であり、光なのね」 「そうです。あの……この本は素晴らしい内容ですね。日本に持ち帰っても?」 「えぇ、私の心は浄化されたので、ぜひ持って帰って……私のような悔恨を抱えている人の支えになれば、嬉しいわ」 「ありがとうございます」  もう愛を独り占めはしない。  幸せは広まっていく方がいい。  私ひとり幸せだなんて、つまらないわ。  大切な人が笑ってくれる方がずっといい あなたの幸せは、私の幸せなの。  可愛い孫のアーサー、そしてノーブルで愛おしい瑠衣。  そして今日の客人、海里さんと柊一さんの笑顔が永遠に続きますように。  年老いた私が出来るのは、願うこと。  そして心を込めてお紅茶を淹れること。 「私のAfternoon tea partyに、あなた達をお招きします」  
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