グリーンマン

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とある地域に広大な森があった。 森の中は道しるべもなく、電波はほぼ届かず、方位磁石も役に立たないため、一度迷ったら出て来られないとも言われている。 故に自殺の名所となっている。 しかも亡骸が荼毘に付されることは滅多にない。 何故なら、森の中には掃除屋と呼ばれる獣たちが生息しているから。 彼らは夜にしか活動しないが、雑食でどんなものでも食べる。 亡骸の発見が一日でも遅れれば、残るのは髪の毛ぐらいなものだ。 そのため森には成仏できない霊が彷徨い、若者の間では心霊スポットとされている。 ある時、三人の若い男子がそんな事情も知らずに好奇心だけで肝試しにやってきた。 三人は森の入口に車を停めると、アキラは懐中電灯を持ち、ユウイチはカメラを、ショウタはビデオカメラを持って外に出た。 入口の近くには、看板が立っていた。 【命を大切に】 夜の森は大変危険です。 と書かれていた。 アキラは車の中から細いロープを数本取り出し、森の中で迷わないようにと入口近くの木に結びつけ、三人は森の中に入っていった。 真っ暗な森の中。 空気はピンと張り詰め、凍えそうなほど寒い。 周りは一切の電灯もなく、月明かりも高い木々の葉で遮られる。 懐中電灯を向けた場所だけが明るく照らされる。 森の地面は落ち葉が敷き詰められ、一見緩やかだが太い木の根っこが飛び出しているところもあり脚をひっかけそうになる。 ショウタはビデオカメラで周囲を撮影しながら慎重に歩く。 ナイトモードは肉眼よりもずっと見やすい。 ユウイチはカメラで森の奥を撮影している。 フラッシュの明かりが暗い森を一瞬だけ明るくする。 心霊写真が撮れれば面白い。 ビビって来なかった奴らに自慢してやるんだと意気込みながら、三人は森の奥へと進んでいく。 最後尾を歩いていたショウタが、ある大きな木の下に何かが落ちているのを見つけた。 近づいてよく見ると、それは千切れたロープだった。 二人に声を掛けようと振り返った時、頭に何となく触れる感覚がありビデオカメラを上に向けた。 すると、そこには木の枝にロープをかけて首を吊っている、作業着姿の中年男性がいた。 ショウタの頭に触れていたのは、男性の足だった。 耳を澄ませば、ギシギシと軋む音が聞こえる。 ショウタは悲鳴をあげ、咄嗟にビデオカメラを下に向けた。 悲鳴に気づいた二人がやってきた。 自殺者だとわかり、さすがに撮影は出来ないだろうとアキラが言った。 警察に連絡しようかと携帯電話を取り出したが、やはり圏外で使えなかった。 その時、森の奥から足音らしきものが聞こえた。 自殺者? 幽霊? 動物? 確かめるか、引き返すか。 迷った挙句に進むことを選んだ。 そして、三人は森の中に古い小屋を見つけた。 周りは草が生い茂り、長く放置されていたのか木の板で出来た壁は腐り穴が開いている。 小屋の外をぐるりと回ると、反対側の壁は崩れていて部屋の中が丸見えだった。 アキラが小屋の中に懐中電灯を向けると、木製のベッドやテーブルなどの家具が見えた。 小屋に誰もいないことを確認すると、三人は崩れた壁から土足で中に入った。 かつては誰かが暮らしていたのか、小さな暖炉や簡易的なキッチンやトイレもある。 だが床には枯葉とゴミと虫の死骸が転がり、悪臭が漂っている。 テーブルの上に置かれた食器には、黒く腐った塊がこびりつき、椅子にはちぎれた男性用の服が落ちていた。 アキラは小屋の中を物色し、ユウイチとショウタはそれぞれのカメラで小屋の中を撮影していた。 ふと小屋の外から、枝を踏む音が何度か聞こえた。 ショウタは怯え、もう帰ろうと言い出した。 そこでアキラは自分の腕時計を見ると、時刻はすでに22時を過ぎていた。 「そろそろ戻るか」 そう言うと、アキラを先頭に玄関から出ることにした。 玄関のドアは、上半分が崩れ落ちて外が見える状態だった。 外に出ようとするアキラは、草むらに立つ人影のようなものに気づき立ち止まった。 「誰かいる」 そう言って、アキラは外にいる人影を指差した。 月明かりが差し込む木々の間の草むらに、確かに人の形をした影が見えた。 だが、それはどうもおかしい。 その影が人というなら大きすぎる。 四メートルはあるだろうか。 アキラはショウタにビデオカメラで見るように指図をした。 ショウタは嫌々ながらもビデオカメラを向ける。 そこに映ったのは、上半身裸で筋肉質の大柄な男の背中だった。 右手には、鉈のようなものを持っている。 「バケモノだ……」 ショウタが呟くと、アキラは懐中電灯の明かりを大男に向けた。 明かりの先に見えたのは、ショウタの言う通り大男だった。 呟くと、アキラは懐中電灯の明かりを大男に向けた。 明かりの先に見えたのは、ショウタの言う通り大男だった。 ただ、その体は苔のようなカビのようなものがびっしり張りつき、全体的に肌が緑色だった。 ショウタは怯えた様子で後退りをすると、腐った板が割れて大きな音を立てた。 音に気付いた大男は、振り返ると三人の方へ雄叫びをあげながら走ってきた。 「やばい、やばい!! 逃げろ!」 アキラの一言で小屋から飛び出すと、三人は森の入口に向かって走り出した。 帰り道はロープを辿ればよかった。 三人は無我夢中で走った。 だが、大男の足はとてつもなく速く、ショウタは大男の分厚い大きな手で頭を掴まれると、そのまま地面に叩きつけられた。 「助けてー!!!!」 先に走っていた二人が、ショウタの声で立ち止まり振り返った。 暗い森の中から、ショウタの悲痛な叫び声が聞こえる。 「助けないと!」 二人は引き返そうとした。 だが、暗闇から聞き慣れない音がした。 バキッ ゴリッゴリッ ぐチュグチュ ズズズ ショウタの呻き声。 助けに行くことを躊躇っていると、再び暗闇から足音が聞こえてくる。 「とにかく今は逃げよう」 二人は入口に向かって走り出した。 懐中電灯を照らす余裕もなく、アキラはただただ足元のロープだけを見失わないように走った。 どれだけ走ったか。 いつまで経っても森の外に出られない。 ロープがずっと続いている。 「こんなに遠かったっけ」 アキラは立ち止まり、ユウイチに向かって声をかけた。 だが、ユウイチの返事もなく足音も聞こえない。 懐中電灯で周囲を照らすも、ユウイチの姿がどこにもない。 はぐれてしまった。 焦り、動揺するアキラ。 誰かに助けを求めようとしても、相変わらず携帯は圏外のまま。 とにかく入口に一度戻ろうと歩き出そうとした時、草むらから足音が聞こえて来た。 ユウイチだと思い声をかけそうになるアキラ。 だが、ふと嫌な予感がして咄嗟に木の陰に隠れた。 案の定、草むらから大男の上半身が見えた。 大男は残りの二人を探すように歩き回りながら、また暗い森の中に消えていった。 アキラは安堵し、その場にへたり込んだ。 一方、ユウイチはただひたすら走っていた。 とにかく大男から逃げないと。 その一心だった。 途中でアキラとはぐれた事に気づいたが、引き返すことは出来なかった。 大男との鉢合わせだけは何としても避けたかった。 けれど、すでにユウイチは疲れ果てていた。 息を切らせながら月明かりが差す方向へ歩いていると、遠くで小さな光がたくさん浮遊しているのが見えた。 まるで蛍の光のよう。 ユウイチは誘われるかのように、その小さな光の方へ歩いていった。 そして、たどり着いた場所は月明かりで明るい拓けた場所だった。 前方には池があり、水面が月明かりで反射しながら揺らめいていた。 だが近づくと、水面はドロドロとしていて、小屋以上の悪臭が漂ってきた。 ユウイチは持っていた携帯電話のライトで池を照らすと、池の縁にはたくさんの粗大ゴミや生ゴミが捨てられ、池の中にはヘドロや何やら黒いミミズのような何かが大量に蠢いていた。 ユウイチは袖で鼻を抑えながら、池の周りを歩いた。 そして、写真を撮ろうとカメラを池に向けた途端、池から這い出た黒い何かがユウイチの足に絡みつき、そのまま池に引きずりこんだ。 ユウイチは大声で助けを求めたが、その声は誰にも届かなかった。 その頃、アキラは森の中で迷っていた。 入口から目印にしていたロープも、途中で切れていた。 懐中電灯の明かりを頼りに、時々聞こえてくる大男の足音に怯えながら森の中を歩き続けた。 アキラは気づいていないが、同じエリアをグルグルと回っていたのだった。 疲れ果てたアキラが大木の根っこに腰掛けると、耳元で囁き声が聞こえた。 慌てて立ち上がり懐中電灯を照らすと、周囲の木の枝から垂れ下がる無数の人影が現れた。 影は恨めしそうにアキラのことを見下ろしているように見えた。 すると、森の奥から緑の大男が現れアキラに近づいて来た。 大男は両手に何かを持っていた。 アキラが大男に懐中電灯を向けると、片方の手には血の付いた錆びた鉈を持ち、そしてもう片方の手には千切れたショウタの頭を持っていた。 アキラは小さな悲鳴をあげた。 早く逃げないと……。 そうとわかっていても、恐怖で足が竦み動けない。 ゆっくりと近づいてくる大男の顔がよく見える。 大男の目は飛び出るほど大きく、口元には血がべっとりとつき、ヨダレを垂らしていた。 その牙は、まるで熊のように大きく鋭かった。 アキラは必死に命声をした。 だが、大男は理解出来ないのか、何の躊躇もなくアキラの首を一瞬でへし折ると、首元にかぶりついてそのまま食いちぎった。 骨すらも音を立てながら噛み砕いた。 その様子を、木の上から見守る多数の獣の影。 掃除屋と呼ばれる彼らは、緑の大男が食事を終えるのを心待ちにしている。 入口に書かれていた、【命を大切に】の文字。 その意味を理解した時には、すでに三人はこの世にいない。 森には月に数回、管理者が使用人を数名連れて見回りをする。 森の維持が目的だが、その最中に見つけた遺留品はすべて森の奥にある池に放り込まれる。 誰も咎めない。 そうして世間では行方不明者となる。
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