ちょんまげ×サブリミナル!

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ちょんまげ×サブリミナル!

 ちょんまげ。なんと柔らかい響きだろうか。  それでいて日本という国の歴史、重みも感じさせるそのちょんまげに、私は魅了されてしまった。    髪を、ちょんまげスタイルにしたい。    いつからかそんなことを考えるようになった。できれば茶筅髷(ちゃせんまげ)(戦国物の作品でよく見かけるちょんまげ)で。  でもこの現代社会で、力士でもない一般人のちょんまげスタイルが受け入れられるだろうか。  たとえば明日、会社にちょんまげスタイルで出勤したとして、同僚はどう思うだろう。上司はどう思うだろう。 「おお、お主は中々の傾奇者(かぶきもの)じゃのう」とか言って乗ってくれるだろうか。  そんな訳はない。きっと腫れ物を触るような態度で、微妙な距離感で私と接するようになるはずだ。  ただでさえ会社では生真面目な特に面白味のない人間として見られているのに、そんな男が突然突拍子もない行動に出たら、いよいよ誰も私に近付かなくなる。  何か、何か策はないか。  ちょんまげスタイルでも周囲から浮かずにいられる方法は……。  そんな思案に耽っていた折にふと、私は昔読んだ本のとある特集を思い出した。  『サブリミナル効果』。  人間の無意識の領域、つまり潜在意識に働きかけることで得られる効果。  映画のフィルムの中に、一コマだけコーラの写真を混ぜる。すると観客は、その写真には気付かないのに何故かコーラを飲みたい気分になってくるというアレだ。  私の友人に、人気YouTuberとして名を馳せている男がいる。彼に頼んで、動画の中に一瞬だけちょんまげの写真を挿入してもらおう。  可能であれば彼を通じて他のYouTuberにも協力してもらい、できるだけ多くの視聴者がサブリミナルちょんまげ動画を見るようにする。  そうすれば、人々は無意識の内に髪をちょんまげスタイルにしたい欲求に駆られ、街にちょんまげが溢れ返るようになり、私がちょんまげスタイルにしても自然に受け入れられるという算段だ。  何という名案、歴史的ジーニアス。  善は急げ、思い立ったらすぐ行動だ。 「――そういうわけなんだけどさ」  人気YouTuberである友人の自宅まで赴き、事情を説明した。  すると話を聞いた友人は「御意(ぎょい)」と私の提案を快諾し、早速今夜投稿予定の動画にちょんまげの写真を挿入することを約束してくれた。  奇しくも、今日から数日間の動画は日本史がテーマらしい。これならきっと効果も倍増して、近いうちに日本にはちょんまげスタイルの人々が次々と出没するようになるだろう。  日本のどこかで、私と同じようにちょんまげへの憧れを抱きながら、その想いを封印している諸氏に告ぐ。  間もなく私達の時代が来る。この国に今一度、大和魂の火を灯そう!    ◇    忘れていた。友人のチャンネルの視聴者がほとんど外国人であることを。  あれから1週間後、ヨーロッパとアメリカではちょんまげスタイルが凄まじい勢いで流行り始めた。超有名アーティストのジャスティン・ヒーハーがTwitterのアイコンをちょんまげスタイルの写真にしたことで、その勢いは更に加速した。  私は何も変わらない日本で、今日もちょんまげへの憧憬(しょうけい)の念を抱きながら通勤している。
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